日々の御言葉 4月16日

日々のみ言葉 4月16日
○今日のタイトル すべての罪を除く宥め
○通読箇所 レビ記15-16章

◇今日の聖句
この日は、あなたがたをきよめようと、あなたがたのために宥めが行われるからである。あなたがたは【主】の前ですべての罪からきよくなる。

◇ひとくち解説
11章から始まった「清浄と不浄に関する規定」は16章で結ばれます。16章では一つの「日」が区別されます。それは、「大贖罪の日(ヨム・キプール)」と呼ばれる日です。すでに、出エジプト記30:10で、年に一度の最も聖なる日と定められていますが、この章ではより詳細にその目的が記されています。
それは、第一に祭司自身とその家族が清められるためです。
第二に、民の罪によって汚された、聖所(会見の幕屋)を、もう一度聖別するためです。
第三に、イスラエルの集会全体の罪を清め、民を清めるためです。
イエスは、「ご自分の民をその罪からお救いになる」(マタイ1:21)ために来られました。大贖罪の日の清めは、一年限りの効力しかありませんでしたが、キリストは「雄やぎと子牛の血によってではなく、ご自分の血によって、ただ一度だけ聖所に入り、永遠の贖いを成し遂げられました。」(ヘブライ9:2)
復活されたキリストの両手両足と脇腹に残された聖なる傷は、永遠の贖いの目に見える証です。その御手を挙げて、「よみがえられた方であるキリスト・イエスが、…私たちのために、とりなしていてくださるのです。」(ローマ8:34)神は愛なり

◇クイズ
今日はおやすみ。

日々の御言葉 4月14日

日々のみ言葉 4月14日
○今日のタイトル ツァラアトの規定
○通読箇所 レビ記13-14章

◇今日の聖句
祭司は祭壇の上で、全焼のささげ物と穀物のささげ物を献げる。祭司はその人のために宥めを行い、彼はきよくなる。

◇ひとくち解説
13-14章はツァラアトに関しての規定です。ツァラアトとは、人や物の表面に現れる徐々に広がる汚染です。医療の知見のない時代には、徐々に「死」が始まっているものとみなされ、感染を防ぐため厳重に取り扱われました。11章の「汚れている生き物」もそうですが、このツァラアトも神が創造されたものです(14:33参照)。ここで言う「きよい、きよくない」は本来、道徳的な善悪ではなく、衛生上・宗教上の区別という意味です。
治っている者を清められたと宣言するためには「小鳥・杉の枝・赤い紐・ヒソプ」それに「新鮮な水(原語では生ける水מַיִם חַיִּֽים)」が用いられました。いずれも、癒しと命を象徴するものです。しかし、祭司ができたのは、汚れているかきよいかを宣言するだけで、病気を治すことはできませんでした。
真の祭司であるイエスは、宣言するだけではなく、自らの血をもって私たちの心をきよめ(1ヨハネ1:7)、体を癒し、「生ける水」を与えて(ヨハネ4:10、7:38)新しい命に歩む(ローマ6:4)ようにしてくださいます。ですから「心に血が振りかけられて、邪悪な良心をきよめられ、からだをきよい水で洗われ、全き信仰をもって真心から神に近づこうではありませんか。」(ヘブル10:22)

◇クイズ
エリシャの時代に、ツァラアトが癒されたアラムの将軍と言えば? (2列王5章)1.ゲハジ 2.ナアマン 3.シモン

日々の御言葉 4月13日

日々のみ言葉 4月13日
○今日のタイトル わたしが聖だから
○通読箇所 レビ記11-12章

◇今日の聖句
わたしは、あなたがたの神となるために、あなたがたをエジプトの地から導き出した【主】であるからだ。あなたがたは聖なる者とならなければならない。わたしが聖だからである。

◇ひとくち解説
前章で、汚れたものときよいものとを分けることが、祭司の職務の一つとして挙げられました。11章からは何をどのように「分ける」かが列挙されています。その根本的な理由は44-45節に記されます。
「あなたがたは聖なる者とならなければならない。わたしが聖だからである。」…「聖」は、主をその他すべてのものと区別するご性質です。本来神のみがもっておられる特質であり、時間・空間に束縛されている私たちが持つものではありません。しかし、わたしたちは、自分自身を主のために取り分けて、主に結びつき、主に属するものとなることによって、主が聖であることを存在そのものをもって世に現すことができるのです。それが聖なる者となるという意味です。
主イエスは、十字架の前の夜、弟子たちのために祈られました。「真理によって彼らを聖別してください」(ヨハネ17:17)と。そして、御名によってキリストと結ばれることで、御父と一つになる道―聖なる者となる道を開いてくださったのです。「イエス・キリストのからだが、ただ一度だけ献げられたことにより、私たちは聖なるものとされています。」(ヘブル10:10)

◇クイズ
次のうち、11章で食べてよいと定められているのは?1.いなご 2.だちょう 3.カメレオン

日々の御言葉 4月9日

日々のみ言葉 4月9日
○今日のタイトル アロンの初祭儀
○通読箇所 レビ記9-10章

◇今日の聖句
モーセはアロンに言った。「【主】がお告げになったことはこうだ。『わたしに近くある者たちによって、わたしは自分が聖であることを示し、民全体に向けてわたしは自分の栄光を現す。』」

◇ひとくち解説
8章で叙任式が行われ、9章でアロンは祭司としての職務を初執行します。
8日前、幕屋は設営され、そこに主の栄光が満ちました(出40:34)。今、祭司アロンが神の協力者となり、民を祝福することによって、再び主は顕現されます。「火が【主】の前から出て来て」(9:24)ささげ物を焼き尽くしたのを見て、民は喜び叫び、ひれ伏しました。
ところが同じ日、痛ましい出来事が起こります。アロンの息子たちが、主が命じられたものでない「異なる火を」主の前に捧げたのです。祝福の火が下った直後に、彼らは裁きの火によって焼き尽くされてしまいました。 このことを通して、主は祭司がなすべきもう一つの職務を教えられます。それは「聖なるものと俗なるもの、また汚れたものときよいものとを分け」ることです。
天地創造において神は、光と闇を分け、水と空とを分け、命の木と善悪の知識の木とを区別されました。「区別することבָּדַל」は神のご性質です。祭司たちは主のご性質に与り、聖なるものを区別し示すことによって、主が聖であることを示し、主の栄光を現すのです。

◇クイズ
アロンの子らのうち、主に打たれたのは、ナダブと誰?
1.アビフ 2.エルアザル 3.イタマル

日々の御言葉 4月9日

日々のみ言葉 4月9日
○今日のタイトル 交わりのいけにえ
○通読箇所 レビ記3-4章

◇今日の聖句
祭司は祭壇の上で、それを食物として、芳ばしい香りのための食物のささげ物として焼いて煙にする。脂肪はすべて【主】のものである。

◇ひとくち解説
「全焼のささげ物」(1章)を土台として、「穀物のささげ物」(2章)、「交わりのいけにえ」(3章)、「罪のきよめのささげ物」「代償のささげ物」(4〜5章)が、神との正しい関係を保つために定められます。
3章の「交わりのいけにえ」(口語訳:酬恩祭 新共同訳:和解の献げ物 協会共同訳:会食のいけにえ)の特徴は、動物の最上の部位が神に捧げられた後、残ったものを祭司と、献げた者が共に食べることが許されていることです(7章11節〜)。かつてシナイ山の上で契約が結ばれた後、彼らは「神ご自身を見て、 食べたり飲んだり」しました。神の現存のもとで感謝と喜びを分かち合ったのです。ここに定められた「交わりのいけにえ」が献げられるごとに、聖なる食事をもって喜びを共にするようになります。主は言われます。「交わりのいけにえを献げて、それを食べ、あなたの神、【主】の前で喜び楽しみなさい。」(申命記27:7)
今は、神が御子の肉のからだにおいて、その死によって、あなたがたをご自分と和解させてくださいました。」(コロサイ1:22)キリストの十字架によって私たちは喜びをもって神の宴にあずかることができます。「万軍の【主】は、この山の上で万民のために、…宴会を開かれる。この山の上で、万民の上をおおうベールを、…取り除き、永久に死を飲み込まれる。」(イザヤ25:6)

◇クイズ
7:13で、「交わりのいけにえ」と共に捧げるように定められているのは?
1.輪形パン 2.丸パン 3.種入れぬパン

日々の御言葉 4月8日

日々のみ言葉 4月8日
○今日のタイトル 全焼のささげ物
○通読箇所 レビ記1-2章

◇今日の聖句
その人は自分が【主】の前に受け入れられるように、それを会見の天幕の入り口に連れて行き、その全焼のささげ物の頭に手を置く。それがその人のための宥めとなり、彼は受け入れられる。

◇ひとくち解説
「レビ記」は、礼拝と祭司の職務について記された書です。出エジプト記の最後で、第二年第一の月の第一の日に幕屋が設営されましたが、まさにその日から、民数記の初めの第二の月の第一日までの一ヶ月間に、主が定められた規定が収められています。この教えを通して、民は聖なる者になるようにと導かれるのです。 1〜7章は、ささげ物について、幕屋最初の日に主が語られた言葉です。「ささげ物קָרְבָּן」という言葉は「近づくקָרַב」という語源をもっており、神と人とを近づけるものです。
最初に記されている「全焼のささげ物(עֹלָה=昇る…煙となって上ることから)」は最も根本的な方法です。何の見返りも求めず、ただ主を喜ばせるために残らずすべてを焼き尽くすささげ物です。捧げられる動物の命は、捧げる者自身の命を象徴しており、心を尽くし、いのちを尽くし、力を尽くして、主を愛することを意味します。こうしてもたらされる神との一致こそ、主の民が、何にもまして優先すべきことなのです。
パウロはこう勧めています。「あなたがたのからだを、神に喜ばれる、聖なる生きたささげ物として献げなさい。それこそ、あなたがたにふさわしい礼拝です。」(ローマ12:1)

◇クイズ
2:13では、穀物のささげ物にあるものを加えることが定められています。神との契約を表すそれは何?
1.蜜 2.酵母 3.塩

日々の御言葉 4月7日

日々のみ言葉 4月7日
○今日のタイトル 栄光が幕屋に満ちた
○通読箇所 出エジプト39−40章

◇今日の聖句
こうしてモーセはその仕事を終えた。そのとき、雲が会見の天幕をおおい、【主】の栄光が幕屋に満ちた。モーセは会見の天幕に入ることができなかった。雲がその上にとどまり、【主】の栄光が幕屋に満ちていたからである。

◇ひとくち解説
ついに幕屋は完成され、設営されます。17−33節の間に、「【主】がモーセに命じられたとおり」が7度繰り返されます。天地創造において、主のみ心が完全に実現したように、主のみ心の通り、地上における「主の住まい」が作られました。モーセがその仕事を終えたとき、「雲が会見の天幕をおおい、【主】の栄光が幕屋に満ち」ました(40:34)。シナイ山に立ち込めた同じ雲…主の臨在は、今、幕屋にあります。「金の子牛」の背信によって失われた主の臨在は回復されたのです。29章42-45節の主の約束はここに実現し、出エジプト記は結ばれます。
私たちもまた、主の御心を完全に成し遂げることができますように。そしてついに、新しい天と新しい地を見ることができますように。「見よ、神の幕屋が人々とともにある。神は人々とともに住み、人々は神の民となる。神ご自身が彼らの神として、ともにおられる。神は彼らの目から涙をことごとくぬぐい取ってくださる。」(黙21:3-4)

◇クイズ
幕屋が設営されたのは「第二年の第一の月」ですが、イスラエルの民がシナイ山に到着したのは、第一年のいつですか(19章)?
1.第一の月 2.第三の月 3.第六の月

日々の御言葉 4月6日

日々のみ言葉 4月6日
○今日のタイトル ことごとく行った
○通読箇所 出エジプト37−38章

◇今日の聖句
ユダ部族に属する、フルの子ウリの子ベツァルエルは、【主】がモーセに命じられたことをことごとく行った。

◇ひとくち解説
出エジプト記35〜40章では、25〜31章で命じられた幕屋建築の指示が実行に移されます。32−34章の「金の子牛」事件で、民は主を裏切り罪を犯しました。それは心痛ましい失敗でしたが、その混沌と闇を通して、みずからの弱さを認め、主が神であることをより深く知り、主の憐れみの中を歩む喜びを知ったのです。だからこそ、民は「【主】がモーセを通して行うように命じられたすべての仕事のために、心から進んで献げ」、奉仕したのでした(35:29)。
この建設の最初に「六日間は仕事をする」と「安息日」について語られている(35:1−3)のは興味深いことです。民の幕屋建設は、主の天地創造の御業と深く関係しているのです。民は、神の霊と知恵に満たされ、主の命じられたとおりに行うことによって、主の創造の御業の協力者となったのです。その最後の「彼らは、見よ、【主】が命じられたとおりに行っていた。そこでモーセは彼らを祝福した」(39:43)という結論は、天地創造の第6日の「見よ、それは非常に良かった」(創世記1:31)という言葉と重なります。
わたしたちも、主のみ心をことごとく行うことによって、この地を神の住まいとする主の御業に協力したいものです。

◇クイズ
ユダ族のベツァルエルと共に協力して、建設事業に携わったダン族の人といえば?
1.イタマル 2.アヒサマク 3.オホリアブ

日々の御言葉 4月2日

日々のみ言葉 4月2日
○今日のタイトル 今日、わたしとともに
○通読箇所 ルカ23:26-43

◇今日の聖句
「まことに、あなたに言います。あなたは今日、わたしとともにパラダイスにいます。」

◇ひとくち解説
ルカ福音書において、弱い人々、救いから遠いと思われていた人々に示されてきた神の憐れみは、最後に一人の犯罪人に注がれます。「そのあわれみにより、曙の光が、…暗闇と死の陰に住んでいた者たちを照ら」(ルカ1:78-79)すのです。公生涯の初めにイエスは「主は…わたしを遣わされた。主の恵みの年を告げるために。」…「今日、この聖書のことばが実現しました。」(4:18-21)と宣言されました。その「今日」が、曙の光と共にこの男に訪れたのです。
「これはユダヤ人の王」という十字架に掲げられた罪状書きを、心から信じたのは彼だけでした。もっとも惨めな、呪われた姿となられたイエスを、彼は御国の支配者と信じます。「私を思い出してください」…これは詩編74編で繰り返される、神に対する祈りです。イエスはご自分を主・メシアと信じた彼を、罪と死の行進から引き抜き、楽園への凱旋行進の先頭に、ご自分と共に立たせられたのです。こうして、かつてマリアが歌った賛歌「低い者を高く引き上げられ…主はあわれみを忘れず」(1:52、54)は、彼において真実となりました。
今日、この罪人と共に、信仰をもって十字架を見上げる人は幸いです。

◇クイズ
イエスが十字架につけられた場所は「どくろ」と呼ばれていました。これをラテン語でいうと?
1.ゴルゴダ 2.カルバリア 3.クラニヨン

日々の御言葉 4月1日

日々のみ言葉 4月1日
○今日のタイトル みこころが
○通読箇所 ルカ22:39-53

◇今日の聖句
「父よ、みこころなら、この杯をわたしから取り去ってください。しかし、わたしの願いではなく、みこころがなりますように。」

◇ひとくち解説
聖書のいう謙遜とは、全能者の前に、あるがままの自分を認め、自らの全存在を明け渡すことです。人は、エデンの園で「神のようになって善悪を知る者となる」(創3:5)という高慢の誘惑に負け、その結果罪と死に支配されることになりました。あの園の過ちを償うために、キリストは、この園で、謙遜の道を貫かれます。キリストは「失われた謙遜」を回復するために来られたのです。
聖なる主にとって、全人類の罪の毒が盛られた杯を、自分のものとして受けることは耐え難い苦痛でした。しかし「彼を砕いて病を負わせることは【主】のみこころであった。…【主】のみこころは彼によって成し遂げられる。」(イザヤ53:10)ついにキリストは謙遜によって、このみこころに従われたのです。「このみこころにしたがって、イエス・キリストのからだが、ただ一度だけ献げられたことにより、私たちは聖なるものとされています。」(ヘブル13:21)
誘惑に陥らないように、起きて祈っていなさい。」(46)…暗闇の力に負け、二度と高慢の誘惑に負けることがありませんように。そのためのたった一つの方法は、キリストと一つとなって祈ることです。「わたしの願いではなく、みこころがなりますように」と。

◇クイズ
22:50で大祭司の僕の耳を切り落とした弟子は誰?(ヨハネ18章参照)
1.マルコ 2.ペテロ 3.ヤコブ