日々の御言葉 7月30日

日々のみ言葉 7月30日
○今日のタイトル 神とともに働く者
○通読箇所 2コリント6章

◇今日の聖句
私たちは生ける神の宮なのです。神がこう言われるとおりです。「わたしは彼らの間に住み、また歩む。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。」

◇ひとくち解説
前の章では、「肉にしたがって」(5:16)判断するコリントの人々に対し、パウロは、自分が、「キリストのうちにある新しく造られた者」(5:17)であると記しました。
この章ではさらに、「神とともに働く者」(6:1)である自らの奉仕を示します。それは、「神のしもべ」(4、8節)として、あらゆる困難を受け、苦しみ、貧しくなることを通して、多くの人々を豊かにし、恵みの時、救いの日をもたらす務めでした。
地上の考え方とくびきをともにし、思いを狭くしていては、この逆転の価値観をもつことはできません。「生ける神の宮」(16節)となり、私たちの内に神が住み、歩んでくださることで、本当に価値ある生き方へと目を向けることができるのです。

◇クイズ
ダニエル書6:20で、「生ける神のしもべ」と呼ばれているのは?
1.モーセ 2.ダビデ 3.ダニエル

日々の御言葉 7月29日

日々のみ言葉 7月29日
○今日のタイトル キリストのうちにある
○通読箇所 2コリント5章

◇今日の聖句
ですから、だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。

◇ひとくち解説
前の章で示された「イエスの死を身に帯びる」生き方について、さらに記されます。
コリントの人々は、みじめなパウロの姿について疑いを抱いていました。もしそのように、見かけだけの栄光や成功にとらわれているなら、キリストをも否定することになります。なぜなら、キリストは神の栄光に輝いておられたのに、肉体という幕屋の中でうめき、「私たちのために罪とされ」(21節)死なれたのですから。
キリストをそのような生き方へと駆り立てたのは、人類への狂おしい愛でした。同じ「キリストの愛が私たちを捕らえている」とパウロは言います(14節)。神を人類と和解させる「和解の務め」(18節)は、この「正気でない」愛によるのです。
キリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。」(17節)…キリストの内に埋没し、聖霊によってキリストと一体となるなら、その人はキリストの犠牲的な愛の生き方へと、新しく造り変えられます。そして、この生き方の先に、全世界の再創造があるのです。「古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。

◇クイズ
使徒の働き26:24で、パウロに「頭がおかしくなっている」といったのは誰?
1.フェリクス 2.フェストゥス 3.アグリッパ

日々の御言葉 7月28日

日々のみ言葉 7月28日
○今日のタイトル イエスの死を身に帯び
○通読箇所 2コリント4章

◇今日の聖句
私たちは、いつもイエスの死を身に帯びています。それはまた、イエスのいのちが私たちの身に現れるためです。…こうして、死は私たちのうちに働き、いのちはあなたがたのうちに働いているのです。

◇ひとくち解説
みすぼらしいパウロの姿に疑いを抱くコリントの人々に対し、パウロは逆転の価値観を示します。
キリストのしもべとなり、苦しめられ、途方に暮れ、迫害され、倒されるのは(8-9)、イエスの死を身に帯びるということです。キリストの十字架と神秘的に一致することによって、イエスのいのちが目に見えるように現わされるのです。 目に見える姿は、土の器のようにみすぼらしく、もろく見えても、「内なる人」は日々、栄光から栄光へと、主と同じかたちに変えられていくのです。 この価値観こそ、使徒の務めを測るための基準であるべきです。
6節には、パウロ自身の回心体験が背景にあるように思われます。かつて自分も闇の中にありました。しかし天からの光によって「キリストの御顔にある神の栄光」が輝いたとき、土の器さえも御名を運ぶ「選びの器」とされ(使徒9:15)、地の果てにまで救いをもたらす光とされたのです(使徒13:47)。

◇クイズ
ローマ9:24でパウロはキリスト者のことを何と呼んでいますか?
1.あわれみの器 2.とうとい器 3.きよい器

日々の御言葉 7月27日

日々のみ言葉 7月27日
○今日のタイトル 御霊に仕える者
○通読箇所 2コリント2章

◇今日の聖句
主は御霊です。そして、主の御霊がおられるところには自由があります。私たちはみな、覆いを取り除かれた顔に、鏡のように主の栄光を映しつつ、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられていきます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです。

◇ひとくち解説
貧しく苦難を背負っているパウロに対し、疑いをもった人々は、権威ある推薦状を要求しました。パウロは自分は「御霊に仕える者」(6節)であり、その資格は「神から与えられる」(5節)ものだと言います。そして、御霊に仕える奉仕がいかに栄光に満ちているかを記しました。
かつて、モーセに「石の板」を通して与えられた契約は、文字によって人に何が正しいかを教えました。
一方、同じペンテコステ(五旬祭)の日、人の心に与えられた「新しい契約」は、聖霊によって、いのち(6節)と自由(17節)と、主の栄光(18節)とを与えるのです。
モーセによる「文字に仕える務め」さえ栄光に輝いていましたが、御霊に仕える務めはそれをはるかに凌駕する栄光に満ち溢れています。 その栄光の輝きこそが、パウロの奉仕に対する何よりの推薦状なのです。

◇クイズ
3節で、パウロはコリント教会の人々を何と呼んでいますか?
1.キリストの香り 2.キリストの手紙 3.キリストの兵士

日々の御言葉 7月26日

日々のみ言葉 7月26日
○今日のタイトル キリストの香り
○通読箇所 2コリント2章

◇今日の聖句
しかし、神に感謝します。神はいつでも、私たちをキリストによる凱旋の行列に加え、私たちを通してキリストを知る知識の香りを、いたるところで放ってくださいます。私たちは、救われる人々の中でも、滅びる人々の中でも、神に献げられた芳しいキリストの香りなのです。

◇ひとくち解説
コリント人への第二の手紙を読み始めています。パウロの宣教によって生まれたコリント教会でしたが(使徒18章参照)、その後彼らは、パウロに対して疑問と拒絶を抱くようになります。パウロがあまりにも貧しく、苦しみを受ける僕であったためです。彼らは裕福で雄弁な華々しいリーダーを望んだのです。彼らの価値観の誤りに心を痛めつつ、本当の「使徒職」について書き、教会との和解を目指したのがこの手紙です。
14節では、パウロは自らの奉仕について、凱旋行進に例えています。その主役は王の王であるキリストです。それに対して、自分は「香り」なのだと言います。(当時ローマ軍の勝利行進には香がたかれました。)この場合、香りの役割は、キリストの臨在を告げ知らせることでした。香りさえあれば誰でも、そこにキリストがおられることを知ることができるのです。香りは目に見えません。人は香りではなく、香りの本体に目を向けるものです。そのように、自分が芳しい香りとなり、人々にいのちであるキリストを指し示すこと…それがパウロの使徒職でした。

◇クイズ
この手紙で、パウロと共に差出人となっているのは?1.ソステネ 2.テモテ 3.シルワノ

日々の御言葉 7月23日

日々のみ言葉 7月23日
○今日のタイトル 復活
○通読箇所 1コリント15章

◇今日の聖句
「死よ、おまえの勝利はどこにあるのか。死よ、おまえのとげはどこにあるのか。」死のとげは罪であり、罪の力は律法です。しかし、神に感謝します。神は、私たちの主イエス・キリストによって、私たちに勝利を与えてくださいました。

◇ひとくち解説
救いの力である<十字架のことば>から始まったこの手紙は、<復活の希望>をもって結ばれます。
教会の中には、体の復活を信じない人々もありました。救われバプテスマを受けたということが「復活」であり、肉体には復活の希望などないという考えです。
しかし実際には、体の復活こそ希望の頂点なのです。初穂としてよみがえられたキリストに連なる者は、やがてその来臨のときに、「天に属する方のかたちも持つことになるのです。」(49節)そのとき私たちの体は、御霊によって「朽ちないもの」「栄光あるもの」「力あるもの」へと変えられます。これがキリストによってもたらされる究極の勝利なのです。
この希望があればこそ、自らの体を「聖霊の宮」(6:19)として清く保ち、互いに配慮をもって接し、主を待ち望みつつ集うのです。この恵みの福音がパウロの生きる原理でした。希望のゴールをめざし、今日も「堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励み」ましょう。(58節)

◇クイズ
今日はお休み

日々の御言葉 7月22日

日々のみ言葉 7月22日
○今日のタイトル 成長させるために
○通読箇所 1コリント14章

◇今日の聖句
同じようにあなたがたも、御霊の賜物を熱心に求めているのですから、教会を成長させるために、それが豊かに与えられるように求めなさい。

◇ひとくち解説
14章は、11章から続く集会についての教えの結論です。13章で示された<愛>を追い求めることで、集会は教会を成長させる場となります。「愛は人を育てます。」(8:1)
集会の中で、明瞭なことばが語られなかったり、一斉に多くの人が発言したり、あれやこれやと質問し出したりするなら、混乱に陥るでしょう。「神は混乱の神ではなく、平和の神なのです。」(33節)
一人一人が、「御霊の賜物」を秩序正しく愛をもって用いるとき、祈りや賛美、預言(み言葉の奉仕)を通して、まだ信じていない人さえも「神が確かにあなたがたの中におられる」(25節)と、神を礼拝するようになるのです。
「愛のうちにとどまる人は神のうちにとどまり、神もその人のうちにとどまっておられます。」(1ヨハネ4:16)「愛を追い求めなさい。」(14:1)

◇クイズ
「使徒の働き」21:9の、預言をする四人の女性は、誰の娘?
1.コルネリウス 2.アガボ 3.ピリポ

日々の御言葉 7月21日

日々のみ言葉 7月21日
○今日のタイトル 愛がなければ
○通読箇所 1コリント13章

◇今日の聖句
こういうわけで、いつまでも残るのは信仰と希望と愛、これら三つです。その中で一番すぐれているのは愛です。

◇ひとくち解説
12章では、一人ひとりがキリストのからだの部分であり、それぞれが御霊の賜物によって働きを担っていると強調されました。それらの働きを結びつける「はるかにまさる道」(12:31)…それが愛です。 13章ではまず、すべての賜物に対する愛の優越性が謳われます。(1-3節)
次に、その愛が、他者との関係性でどのようにあらわされるかが示されます。(4-7)
最後に、愛の永遠性が告げられます。「信仰と希望と愛」…この三つは神とわたしたちを結びつけるものです。ただし、すべての預言が実現し、神を「顔と顔を合わせて見」、「完全に知る」時が来たなら、もはや神を「信じる」必要も、約束を「望む」必要もなります。だから、最後まで主とわたしたちを結びつけるのは愛なのです。
パウロはこの愛の賛歌を詠んだだけではなく、コリントでの働きの中で身をもって示しました。「すぐれたことばや知恵を用いて神の奥義を宣べ伝えることは」せず、「十字架につけられたキリストのほかには、何も知るまいと決心していた」(2:1-2)のです。愛によって建てられた教会なのですから、愛によって結び合され、愛によって完成されるべきなのです。「愛は結びの帯として完全です。」(コロサイ3:14)

◇クイズ
エズラ3:10で、第二神殿の礎が据えられたとき、誰がシンバルをもって出てきましたか?
1.祭司 2.レビ人 3.衛兵

日々の御言葉 7月20日

日々のみ言葉 7月20日
○今日のタイトル キリストの体
○通読箇所 1コリント12章

◇今日の聖句
一つの部分が苦しめば、すべての部分がともに苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分がともに喜ぶのです。あなたがたはキリストのからだであって、一人ひとりはその部分です。

◇ひとくち解説
11章からの「集会」についての教えが展開します。ここでパウロは、主に呼び集められた教会を、「からだとその部分」というたとえを用いて説明しています。体が多くの部分からなっており、弱い部分はとりわけ大切にされているように、教会も互いに配慮し合い、一人の苦しみを皆が共有するようにと勧めるのです。教会はキリストのからだであって、一人一人は同一の聖霊によって生かされている部分なのです。
パウロは回心のとき、この神秘を体験的に知りました。彼の前に現れたキリストは「なぜ教会を迫害するのか」とは言われないで、「なぜわたしを迫害するのか。」(使徒9:4)と問われました。教会とイエスは聖霊によって一つのからだなのです。さらに、その直後、アナニアやバルナバの奉仕を見て、一人ひとりに聖霊の賜物が与えられ、その働きが有機的に結びついていることを知りました。
当時のコリント教会と同様、今も教会には様々な人が集まります。キリストのからだの部分として、互いの違いを尊重し、いたわり合いたいものです。

◇クイズ
ローマ6:23では、「神の賜物」は何であると言っていますか?
1.永遠のいのち 2.使徒の務め 3.癒し

日々の御言葉 7月19日

日々のみ言葉 7月19日
○今日のタイトル 主の晩餐
○通読箇所 1コリント11章

◇今日の聖句
ですから、あなたがたは、このパンを食べ、杯を飲むたびに、主が来られるまで主の死を告げ知らせるのです。

◇ひとくち解説
11章からパウロは「集会」について教えています。ローマの慣習では、共に集まっても、富んでいる者は上席でよいものを食べ、貧しい者は外で粗末なものを食べていました。コリント教会でも、礼拝に食事を持ち寄った際、同じような態度がとられていたようです。その結果、「空腹な者もいれば、酔っている者もいるという始末」(21節)でした。
パウロは、何のために共に集うのかを思い起こさせようとします。それは「主の晩餐」を通して、キリストの犠牲の死を覚え、キリストの愛といのちに生かされるためでした。それなのに、互いに思いやりをもたないとすれば、その集会はむなしく、「主のからだと血に対して罪を犯すことになります」(27節)。
「主が来られるまで主の死を告げ知らせる」…それは単に儀式によって実現するのではありません。最も大切なことは、私たちの生き方によって、十字架のキリストの愛が目に見えるように告げ知らされることです。イエスは言われます。「互いの間に愛があるなら、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるようになります。」(ヨハネ13:35)

◇クイズ
11章の前半では教会で誰が「祈りや預言をする」と記されていますか?
1.男だけ 2.女だけ 3.男も女も