日々の御言葉*1月23日

日々の御言葉 1/23
○今日のタイトル:求めなさい
○通読箇所:マタイ7章

◇今日の聖句*****
「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。あなたがたのだれが、パンを欲しがる自分の子供に、石を与えるだろうか。魚を欲しがるのに、蛇を与えるだろうか。このように、あなたがたは悪い者でありながらも、自分の子供には良い物を与えることを知っている。まして、あなたがたの天の父は、求める者に良い物をくださるにちがいない。だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。これこそ律法と預言者である。」

◇ひとくち解説*****
「山上の垂訓」はキリスト者のあるべき姿を示す最高峰です。その高嶺を見上げるとき、自分がまだその山道の入口にしかいないことを教えられます。けれども落胆して立ち止まってはなりません。イエスは教えられました。「求めなさい」「探しなさい」「たたきなさい」と。大切なことは、自分が今山頂にいるかどうかではなく、山頂に向かって歩み続けているかどうかなのです。希望を持って聖人への道を歩んでいること自体が重要なのです。求める者に「良い物」を与えられる主が、倒れても起こし、よろめく膝を強め、迷うときに道を示し、必ずわたしたちを高みまで引きあげて下さるでしょう。

◇クイズ*****
この章でイエスは、「神聖なものを○○に与えてはならない」と言われました。○○に入る動物は?
1.犬 2.豚 3.狼 4.羊

<聖書リンク>https://www.bible.com/ja/bible/81/MAT.7.ja1955(口語訳)

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日々の御言葉*1月22日

日々の御言葉 1/22
○今日のタイトル:誘惑を受ける
○通読箇所:マタイ6章

◇今日の聖句*****
「だから、言っておく。自分の命のことで何を食べようか何を飲もうかと、また自分の体のことで何を着ようかと思い悩むな。……今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことではないか、信仰の薄い者たちよ。だから、『何を食べようか』『何を飲もうか』『何を着ようか』と言って、思い悩むな。……あなたがたの天の父は、これらのものがみなあなたがたに必要なことをご存じである。何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。

◇ひとくち解説*****
5章からは「山上の垂訓」と呼ばれるイエスの説教が記されています。6章ではキリスト者の日常生活について語られています。25節から34節のわずか9節の間に、「心配」という意味の単語が7回も使われています。なぜわたしたちは心配するのでしょうか?それは必要以上のことを望むからです。心配から解放されるためには、わたしたちの心をいつも神様に向けることです。私たちを愛し、わたしたちの必要を知り、それを満たすことのできるお方に信頼を置くことです。
「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。」心配のない幸福に満ちた人生の黄金律がここにあります。「神の国」とは<神の支配>、「神の義」とは<神とわたしたちとの正しい関係>という意味です。心の中に神様がおられ、いつも深い交わりの中にあるなら、わたしたちの心から心配の陰は去って行くでしょう。

◇クイズ*****
5章でイエスは、キリスト者をある調味料にたとえられました。それは何?
1.砂糖 2.蜜 3.塩 4.胡椒

<聖書リンク>https://www.bible.com/ja/bible/81/MAT.6.ja1955(口語訳)

日々の御言葉*1月20日

日々の御言葉 1/20
○今日のタイトル:誘惑を受ける
○通読箇所:マタイ4章

◇今日の聖句*****
さて、イエスは悪魔から誘惑を受けるため、“霊”に導かれて荒れ野に行かれた。そして四十日間、昼も夜も断食した後、空腹を覚えられた。すると、誘惑する者が来て、イエスに言った。「神の子なら、これらの石がパンになるように命じたらどうだ。」イエスはお答えになった。「『人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』と書いてある。」

◇ひとくち解説*****
イエスの公生涯は40日の荒野での祈りから始まりました。モーセも主と出会いイスラエルを率いてエジプトを出る前に、40年間ミディアンの荒野で過ごしました。パウロも、復活のキリストと出会った後、3年間「アラビアに退いて」(ガラテヤ1:17)荒野で過ごしました。神の圧倒的な御業を見るためには、すべてを忘れて五感を閉じ、神と一致する時間が、どうしても必要なのです。ここでイエスは、全能者としてではなく、空腹を覚える一人の人間として、わたしたちにその模範を示し、誘惑に打ち勝つ道を教えて下さいました。
悪魔は日々、私達の弱さに付け込んで誘惑してきます。私達を何とか神から引き離そうとします。あるときは巧妙に、聖書の言葉を曲げて誘います。その激しい挑戦に、人間の知識や良心、我慢は無力です。キリストがそうされたように、心の内に「霊の剣、すなわち神の言葉」(エフェソ6:17)をしっかりと持ち、聖霊によって導かれて進むとき、勝利が与えられるのです。

◇クイズ*****
この後、イエスが住まれた町は?
1.ナザレ 2.エルサレム 3.カファルナウム 4.カナ

<聖書リンク>https://www.bible.com/ja/bible/81/MAT.4.ja1955(口語訳)

日々の御言葉*1月19日

日々の御言葉 1/19
○今日のタイトル:洗礼者ヨハネ
○通読箇所:マタイ3章

◇今日の聖句*****
ヨハネは、ファリサイ派やサドカイ派の人々が大勢、洗礼を受けに来たのを見て、こう言った。「…悔い改めにふさわしい実を結べ。……わたしは、悔い改めに導くために、あなたたちに水で洗礼を授けているが、わたしの後から来る方は、わたしよりも優れておられる。わたしは、その履物をお脱がせする値打ちもない。その方は、聖霊と火であなたたちに洗礼をお授けになる。」

◇ひとくち解説*****
3章から始まるイエスの公生涯の前に、洗礼者ヨハネが登場します。その声はあたかも天雷のように響き、人々の心を捕えました。群衆は、列をなしてむらがり集い、罪を告白し、ヨルダン川で水のバプテスマを受けたのでした。多くの人々が、彼こそメシヤではないかと考えたほど、洗者ヨハネは、メシヤのような雰囲気を持っていました。
けれどもヨハネは、後から来られるお方イエスこそそのお方であると指し示します。なぜならイエスキリストが授ける<聖霊のバプテスマ>こそ、人を神の性質に与らせ、根本から変えることのできるものだからです。それはヨハネの働きとは比べることのできないほど偉大なものです。キリストの内には聖霊が無限無量に満ちており、悔い改めてご自分に近づくどんな人をも、神の似姿に変えることのできるのです。

◇クイズ*****
マタイは、洗礼者ヨハネの出現を、誰の預言の実現だと記しましたか?
1.イザヤ 2.マラキ 3.モーセ 4.ゼカリヤ

<聖書リンク>https://www.bible.com/ja/bible/81/MAT.3.ja1955(口語訳)

日々の御言葉*1月18日

日々の御言葉 1/18
○今日のタイトル:占星術の学者たちが訪れる
○通読箇所:マタイ2章

◇今日の聖句*****
占星術の学者たちが帰って行くと、主の天使が夢でヨセフに現れて言った。「起きて、子供とその母親を連れて、エジプトに逃げ、わたしが告げるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデが、この子を探し出して殺そうとしている。」ヨセフは起きて、夜のうちに幼子とその母を連れてエジプトへ去り、ヘロデが死ぬまでそこにいた。それは、「わたしは、エジプトからわたしの子を呼び出した」と、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。

◇ひとくち解説*****
ヨセフはみ使いのお告げを受けて、ヘロデ王の嬰児虐殺から逃れるため、マリアとイエスを連れてエジプトへと旅立ちます。なぜ幼きイエスはこの試練を受けられたのでしょうか?それは、わたしたちが周囲から拒絶され、疎まれ、孤独を味わい、住まいも仕事も失って、行く先の見えない暗い旅路を歩むときにも、確かに共にいて下さるためです。
またこのエジプトへの道は、かつてヤコブと12人の息子達が歩んだ道であり、出エジプトの道でもありました。それはイスラエルの苦難の道です。幼子イエスはイスラエルの苦難と連帯し、救い出すためにこの道を行かれたのでした。15節に引用されているホセア書の御言葉の後にはこう記されています。「ああ、エフライムよ、お前を見捨てることができようか。イスラエルよ、お前を引き渡すことができようか。わたしは激しく心を動かされ、憐れみに胸を焼かれる。」(ホセア11:8)その小さな胸には、ご自分の民への愛が燃えていたのです。

◇クイズ*****
18節でヤコブの妻ラケルの名が出てきますが、彼女はベツレヘムで難産のためなくなりました。その時産んだ子は誰?
1.ヨセフ 2.ベニヤミン 3.シメオン 4.ゼンブルン

<聖書リンク>https://www.bible.com/ja/bible/81/MAT.2.ja1955(口語訳)

日々の御言葉*1月17日

日々の御言葉 1/17
○今日のタイトル:イエス・キリストの誕生
○通読箇所:マタイ1章

◇今日の聖句*****
「マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」このすべてのことが起こったのは、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」この名は、「神は我々と共におられる」という意味である。

◇ひとくち解説*****
月の後半は、新約聖書を読んでいきます。マタイによる福音書はイエスキリストの系図からはじまります。その系図は、昨日まで読んできたアブラハムから始まっています。アブラハムに与えられた「祝福の源となる」という約束は、イエスキリストの系図の源となることによって実現したのです。この系図には、普通伏せておきたい、かんばしくない4人の人物も含まれています。
タマル…義父をあざむき不義の関係を持った人物(創世記38)。
ラハブ…エリコの町に住んでいた娼婦(ヨシュア2)。
ルツ…モアブ出身の異邦人(ルツ1)。
バトシェバ…ダビデが略奪婚したウリヤの妻。
この系図には、人間の不完全さ、弱さが赤裸々につづられています。同時に、どんなに不忠実で罪深くあっても、神の憐れみを受けるなら、その人も神の栄光と人類の救いのために「信仰者の系図」に加えてくださるという、「神の恵みの福音」が刻まれているのです。

◇クイズ*****
この福音書の著者マタイは、イエスの弟子になる前、何をしていましたか?
1.医者 2.徴税人 3.漁師 4.律法学者

<聖書リンク>https://www.bible.com/ja/bible/81/MAT.1.ja1955(口語訳)

日々の御言葉*1月16日

日々の御言葉 1/16
○今日のタイトル:井戸をめぐる争い
○通読箇所:創世記25-26章

◇今日の聖句*****
ペリシテ人は、昔、イサクの父アブラハムが僕たちに掘らせた井戸をことごとくふさぎ、土で埋めた。……イサクはそれらの井戸を掘り直し、父が付けたとおりの名前を付けた。……その夜、主が現れて言われた。「わたしは、あなたの父アブラハムの神である。恐れてはならない。わたしはあなたと共にいる。」……イサクは、そこに祭壇を築き、主の御名を呼んで礼拝した。彼はそこに天幕を張り、イサクの僕たちは井戸を掘った。……井戸を掘っていたイサクの僕たちが帰って来て、「水が出ました」と報告した。

◇ひとくち解説*****
イサクがあまりにも大きな祝福を得ているので、ペリシテ人はねたみ、彼の井戸をふさいでしましました。イサクは黙々と父の井戸を掘り直していきました。そのようなイサクを主は励まし、共にいて下さると約束されました。イサクは井戸を受け継いだだけではなく、アブラハムの信仰を受け継ぎ、主の御名を呼んで礼拝しました。そのようなイサクの姿を見て、ペリシテ人たちはついに「主があなたと共におられることがよく分かった」と言うしかありませんでした。
わたしたちの心の井戸を点検しましょう。キリストが与えて下さった命の水が湧き上がっているでしょうか?もし、いろいろなもので井戸がふさがれているとするなら、何度でも掘り直しましょう。祭壇を築き直し、主の御名を呼びましょう。命の水が湧き上がるまで。

◇クイズ*****
前の章で、エサウが長子の権と引き換えに、ヤコブから欲しがったのは、何の煮物ですか?
1.ひよこ豆 2.いなご豆 3.レンズ豆 4.小豆

<聖書リンク>https://www.bible.com/ja/bible/81/GEN.25.ja1955(口語訳)