日々の御言葉*11月20日

日々の御言葉 11/20
〇今週のテーマ:神による癒やし
〇今日のタイトル:ナアマンのいやし
〇聖句箇所:列王下5:10-14

◇聖句*****
エリシャは使いの者をやってこう言わせた。「ヨルダン川に行って七度身を洗いなさい。そうすれば、あなたの体は元に戻り、清くなります。」ナアマンは怒ってそこを去り、こう言った。「彼が自ら出て来て、わたしの前に立ち、彼の神、主の名を呼び、患部の上で手を動かし、皮膚病をいやしてくれるものと思っていた。…これらの川で洗って清くなれないというのか。」彼は身を翻して、憤慨しながら去って行った。しかし、彼の家来たちが近づいて来ていさめた。「わが父よ、あの預言者が大変なことをあなたに命じたとしても、あなたはそのとおりなさったにちがいありません。あの預言者は、『身を洗え、そうすれば清くなる』と言っただけではありませんか。」ナアマンは神の人の言葉どおりに下って行って、ヨルダンに七度身を浸した。彼の体は元に戻り、小さい子供の体のようになり、清くなった。

◇ひとくち解説*****
今週のテーマは「神によるいやし」です。聖書の救いは、霊魂だけにとどまらず、体にも及ぶ完全なものです。聖句を通して、病のいやしに対する信仰が与えられますように。
重い皮膚病を患っていたナアマンは、いやしてもらうために預言者エリシャのもとを訪れます。しかし、自分の思っていた方法と違っていたため戸惑い怒ります。司令官としてのプライドも、また患部を人目にさらす恥も、自分の思い描いていた方法も、全てを捨てて神の人の言葉に従ったときに、ナアマンの病は癒やされたのでした。わたしたちもまた、もし、主による癒やしを体験したいなら、不信仰と不従順を取り除き、神の言葉に聞き従わなければなりません。

◇クイズ*****
この後、ナアマンからの贈り物を受け取ったエリヤの従者は誰?
1.アカン 2.ゲハジ 3.オバデヤ 4.コラ

☆聖書をひらいて聖書通読。今日の箇所は、エゼキエル16-17章です。

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日々の御言葉*11月18日

日々の御言葉 11/18
〇今週のテーマ:ヨナ
〇今日のタイトル:ヨナにまさるもの
〇聖句箇所:マタイ12:39-41

◇聖句*****
イエスはお答えになった。「よこしまで神に背いた時代の者たちはしるしを欲しがるが、預言者ヨナのしるしのほかには、しるしは与えられない。つまり、ヨナが三日三晩、大魚の腹の中にいたように、人の子も三日三晩、大地の中にいることになる。ニネベの人たちは裁きの時、今の時代の者たちと一緒に立ち上がり、彼らを罪に定めるであろう。ニネベの人々は、ヨナの説教を聞いて悔い改めたからである。ここに、ヨナにまさるものがある。

◇ひとくち解説*****
律法学者たちの「しるしを見せてください」という求めに対するイエスのお答えです。彼らはイエスがメシアであることを証明する奇跡を見せろと言いますが、すでにイエスは多くのしるしを行っておられました。彼らのかたくなな心を嘆きながら、ご自分の上に起こる最後にして最大のしるしについて語られます。それは、ヨナが三日三晩魚の腹の中にいたように、ご自分も人類の救いのために十字架に架けられて死に、三日目に復活するという「しるし」でした。このことを通してイエスは、ご自分こそ救い主であり、神であることを、他のどんな奇跡よりも鮮やかに証明されたのです。イエスはヨナにまさるお方です。ヨナは不従順のゆえにこの苦しみを経なければなりませんでしたが、キリストは従順をもって自ら十字架を負い、完全な死を体験し復活されました。ヨナの不完全な宣教によってさえ、ニネベの町が救われたとするなら、キリストの完全な贖いによるなら、救われない人は誰もいません。

◇クイズ*****
この章で、イエスが、ご自分と比較するためにヨナとともに上げられた人物は?
1.ダビデ 2.モーセ 3.ソロモン 4.ヨシュア

☆聖書をひらいて聖書通読。今日の箇所は、エゼキエル9-12章です。

日々の御言葉*11月17日

日々の御言葉 11/17
〇今週のテーマ:ヨナ
〇今日のタイトル:惜しまずにいられるだろうか
〇聖句箇所:ヨナ4:10-11

◇聖句*****
すると、主はこう言われた。「お前は、自分で労することも育てることもなく、一夜にして生じ、一夜にして滅びたこのとうごまの木さえ惜しんでいる。それならば、どうしてわたしが、この大いなる都ニネベを惜しまずにいられるだろうか。そこには、十二万人以上の右も左もわきまえぬ人間と、無数の家畜がいるのだから。」

◇ひとくち解説*****
 ヨナの宣教によって、ニネベの人々は悔い改め、神様は災いを下すのをやめられました。ところがヨナはその決定に対して不満を抱き、怒ったのです。なぜでしょうか。ヨナは、救いはユダヤ人に与えられるものであり、異邦人には当然罰が与えられるべきだと考えていたからです。ヨナは、自分も「赦された者」であることを忘れてしまっていました。そして、「自分は正しい」と信じる心が神への怒りを生んだのです。ヨナは預言者でありながら、自分の正義を神の御心よりも優れたものとしたのです。
「とうごま」の木陰は、ヨナが労せずに得たものでした。それが枯れてなくなったとき、ヨナは、悲しみ動揺しました。ましてすべての人に生を与え、養い保たれる主が、一人の滅びゆく魂を惜しまれないことがあるでしょうか?「イエスは…群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた。」(マタイ9:35-36) 「自分の正義」ではなく、神の愛と憐れみを追い求める人になりたいものです。

◇クイズ*****
ニネベの王は、罪を悔い改めるとき何の上に座りましたか?
1.寝台 2.石 3.灰 4.針

☆聖書をひらいて聖書通読。今日の箇所は、エゼキエル5-8章です。

日々の御言葉*11月16日

日々の御言葉 11/16
〇今週のテーマ:ヨナ
〇今日のタイトル:ニネベの悔い改め
〇聖句箇所:ヨナ3:1-5

◇聖句*****
主の言葉が再びヨナに臨んだ。「さあ、大いなる都ニネベに行って、わたしがお前に語る言葉を告げよ。」ヨナは主の命令どおり、直ちにニネベに行った。ニネベは非常に大きな都で、一回りするのに三日かかった。ヨナはまず都に入り、一日分の距離を歩きながら叫び、そして言った。「あと四十日すれば、ニネベの都は滅びる。」すると、ニネベの人々は神を信じ、断食を呼びかけ、身分の高い者も低い者も身に粗布をまとった。

◇ひとくち解説*****
アッシリアの都ニネベは、ヨナが、いっそ滅びてしまえばよいと思うほど、悪に満ちていました。なぜ主は、そのような町にヨナを遣わされたのでしょうか?「ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられる」(2ペトロ3:9新改訳)からです。右も左もわきまえず、滅びへと暴走している人々への愛と憐れみのゆえに、主はご自身の御言葉をヨナに託されたのです。
わたしたちは、どのような人々に福音を伝えるのでしょうか?自分と親しい人の救いを望むのは当然です。けれども、一人も滅びるのを望まず、独り子さえ与えられた神の愛と一致したとき、どんな悪に染まった救いようのない人にも、御言葉を伝えたいと願うようになるはずです。わたしたちを福音宣教へとかりたてるのは、正義感や同情ではなく、神の愛なのです。
ヨナがニネベの町を巡り歩いたように、今日、主の愛に満たされて巡り歩きましょう!

◇クイズ*****
4章によると、ニネベにはどれぐらいの人が住んでいましたか?
1.5千人 2.1万2千人 3.6万人 4.12万人

☆聖書をひらいて聖書通読。今日の箇所は、1ヨハネ1-5章です。

日々の御言葉*11月15日

日々の御言葉 11/15
〇今週のテーマ:ヨナ
〇今日のタイトル:祈りが届き
〇聖句箇所:ヨナ2:7-11

◇聖句*****
わが神、主よ、あなたは命を、滅びの穴から引き上げてくださった。息絶えようとするとき、わたしは主の御名を唱えた。わたしの祈りがあなたに届き、聖なる神殿に達した。偽りの神々に従う者たちが、忠節を捨て去ろうとも、わたしは感謝の声をあげ、いけにえをささげて、誓ったことを果たそう。救いは、主にこそある。主が命じられると、魚はヨナを陸地に吐き出した。

◇ひとくち解説*****
「息絶えようとするとき、わたしは主の御名を唱えた。」…直訳すると、「わたしの魂がわたし(の中)に落ちていくとき、わたしは主を覚えた(心に呼び起こした)」となります。ヨナはついに深い淵で主の現存を再発見したのです。魚の腹の中にいるという危機的な状況はなおも変わりませんでしたが、感謝と賛美が湧き上がります。
「救いは、主に」この賛美の歌は、紅海を渡ってエジプトの追撃を逃れたイスラエルがうたった歌です。「主はわたしの救いとなってくださった。」(出エジプト15:2)
困難の中で、主の御名を呼び、主を心の内に発見する人は幸いです。そのとき、涙の谷さえも賛美の泉となるでしょう!(詩編84:6参照)

◇クイズ*****
1630年の今日11月15日になくなった天文学者で、最初牧師になるために神学を学び、後に惑星運動の法則を発見した際、「今こそ天文学においても、神に栄光を帰することができたのです」と手紙にしたためた人と言えば? 1.ガリレオ 2.ケプラー 3.コペルニクス 4.ニュートン

☆聖書をひらいて聖書通読。今日の箇所は、哀歌3-5章です。

日々の御言葉*11月14日

日々の御言葉 11/14
〇今週のテーマ:ヨナ
〇今日のタイトル:陰府の底から
〇聖句箇所:ヨナ2:1-3

◇聖句*****
さて、主は巨大な魚に命じて、ヨナを呑み込ませられた。ヨナは三日三晩魚の腹の中にいた。ヨナは魚の腹の中から自分の神、主に祈りをささげて、言った。苦難の中で、わたしが叫ぶと、主は答えてくださった。陰府の底から、助けを求めると、わたしの声を聞いてくださった。

◇ひとくち解説*****
海に投げ込まれたヨナは大きな魚の腹の中で祈りました。ヨナはそこを「陰府の底」と呼んでいます。陰府とは死者の世界、神と離れ、断絶された状態を意味します。そこで、ヨナにできることは祈ることだけでした。主は死と絶望の底でさえ、「答え」「聞いて」下さるお方です。詩篇139編8節にはこうあります。「陰府に身を横たえようとも、見よ、あなたはそこにいます。」
ヨナの願いは何だったのでしょう?「もう一度、私はあなたの聖なる宮を仰ぎ見たい」(2:4新改訳)…神殿は神が現存されるところです。ヨナは神との親しい交わりの回復を祈り求めたのです。
たとえ今、あなたがどんな暗闇の中にあっても、そこから主を呼び求めましょう。主は必ず聞いて、答えて下さいます。「深い淵の底から、主よ、あなたを呼びます。主よ、この声を聞き取ってください。嘆き祈るわたしの声に耳を傾けてください。…わたしの魂は主を待ち望みます」(詩編130:1,6)

◇クイズ*****
ヨナの名前の意味は?
1.獅子 2.鷲 3.鳩 4.鹿

☆聖書をひらいて聖書通読。今日の箇所は、哀歌1-2章です。

日々の御言葉*11月13日

日々の御言葉 11/13
〇今週のテーマ:ヨナ
〇今日のタイトル:わたしのせいで大嵐が
〇聖句箇所:ヨナ1:9-12

◇聖句*****
ヨナは彼らに言った。「わたしはヘブライ人だ。海と陸とを創造された天の神、主を畏れる者だ。」人々は非常に恐れ、ヨナに言った。「なんという事をしたのだ。」人々はヨナが、主の前から逃げて来たことを知った。彼が白状したからである。彼らはヨナに言った。「あなたをどうしたら、海が静まるのだろうか。」海は荒れる一方だった。ヨナは彼らに言った。「わたしの手足を捕らえて海にほうり込むがよい。そうすれば、海は穏やかになる。わたしのせいで、この大嵐があなたたちを見舞ったことは、わたしが知っている。」

◇ひとくち解説*****
今週は預言者ヨナについて学びます。ニネベに行くよう主に命じられたヨナでしたが、主から逃れようと全く反対方向のタルシシュ行きの船に乗ったのでした。ヨナはなぜニネベに行きたくなかったのでしょうか?ニネベは悪に満ちた異邦の町でした。もし、ニネベで神の言葉をのべ伝え、彼らが悔い改めたなら、慈悲深い神は彼らをお赦しになるだろうとヨナは考えたのです。ヨナは、むしろ悪い人々など滅びてしまえばよいのだと思い、無言の内に神に背を向けたのです。
わたしたちも同じような過ちをしていないでしょうか?神の御言葉よりも、自分の価値観、信条、正義感、感情に任せて歩んではいないでしょうか?もしそうなら、ヨナのように自我自愛心の心を海に投げ込み、決別しましょう。そのとき、神の命に生きる新たな歩みが始まるのです。

◇クイズ*****
ヨナが船に乗った港は?
1.カイザリヤ 2.ヤッファ 3.エイラット 4.ツロ

☆聖書をひらいて聖書通読。今日の箇所は、2ペトロ1-3章です。