日々の御言葉 6月26日

日々のみ言葉 6月26日
○今日のタイトル 御名を現しました
○通読箇所 ヨハネ17章

◇今日の聖句
イエスはこれらのことを話してから、天を仰いで言われた。「父よ、時が来ました。…わたしは、行うようにとあなたが与えてくださった業を成し遂げて、地上であなたの栄光を現しました。父よ、今、御前でわたしに栄光を与えてください。世界が造られる前に、わたしがみもとで持っていたあの栄光を。世から選び出してわたしに与えてくださった人々に、わたしは御名を現しました。…わたしたちのように、彼らも一つとなるためです。…あなたがくださった栄光を、わたしは彼らに与えました。…わたしは御名を彼らに知らせました。…わたしも彼らの内にいるようになるためです。」 https://www.bible.com/bible/1819/JHN.17.新共同訳

◇ひとくち解説
告別説教に続く、イエスの祈りです。イエスは弟子たちとそれに連なる教会(わたしたち)のために祈られます。地上での人類救済を成し遂げられるイエスは、天地創造の前から御父のふところで持っておられた栄光をお受けになります。それは御父と完全に同一の栄光です。イエスは、こともあろうことか、その栄光を、ご自分と一つとなった弟子たちに惜しみなく与えたいと祈られるのです。そのために「御名を彼らに知らせ」、御名によって「聖霊の証印」(2コリント1:22、エフェソ1:13)を与え、<神化>の保証とされたのです。そのために「わたしは自分自身を(十字架の上に犠牲として)ささげます」(19節)と、イエスは祈られます。この祈りは「世にいる弟子たちを愛して、この上なく愛し抜かれた」(13:1)イエスの愛の結晶なのです。神は愛なり

◇クイズ
ヨハネ福音書で、イエスが「天を仰いで」祈られた後、起こった奇跡は次のうちどれ?
1.カナの奇跡 2.ベトザタでの癒やし 3.ラザロの復活

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日々の御言葉 6月25日

日々のみ言葉 6月25日
○今日のタイトル 世に勝っている
○通読箇所 ヨハネ16章

◇今日の聖句
わたしが去って行くのは、あなたがたのためになる。わたしが去って行かなければ、弁護者はあなたがたのところに来ないからである。わたしが行けば、弁護者をあなたがたのところに送る。…その方はわたしに栄光を与える。…今はあなたがたも、悲しんでいる。しかし、わたしは再びあなたがたと会い、あなたがたは心から喜ぶことになる。その喜びをあなたがたから奪い去る者はいない。…あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。https://www.bible.com/bible/1819/JHN.16.新共同訳

◇ひとくち解説
14章から始まったイエスの弟子たちに対する告別説教のクライマックスです。弟子たちは、イエスが去って行かれることを悲しんでいました。しかし、肉体をもったイエスとの別れは、<弁護者><真理の霊>と呼ばれる聖霊の派遣によって、さらに大きな喜びへと変わると予告されます。なぜなら聖霊を受けるとき、キリストは心の内に永遠に宿り、何ものにも奪われない喜びとなられるからです。
わたしたちは、キリストの弟子である以上、世で苦難があります。しかし、十字架こそ喜びに至る道です。すでに主がわたしたちの前を歩んで、その道を切り拓き、勝利をとっていて下さいます。今日もまた一歩、主と共に歩みましょう!「あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」

◇クイズ
この章で、「喜びに変わる苦しみ」をイエスは何にたとえておられますか?
1.種蒔き 2.出産 3.建築

日々の御言葉 6月24日

日々のみ言葉 6月24日
○今日のタイトル わたしはぶどうの木
○通読箇所 ヨハネ15章

◇今日の聖句
わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている。ぶどうの枝が、木につながっていなければ、自分では実を結ぶことができないように、あなたがたも、わたしにつながっていなければ、実を結ぶことができない。わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。… 父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた。わたしの愛にとどまりなさい。…わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。これがわたしの掟である。友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。https://www.bible.com/bible/1819/JHN.15.新共同訳

◇ひとくち解説
ぶどうの枝は細く曲がりくねっていて、幹から離れては、何の役にも立ちません。キリストの弟子であるわたしたちは、キリストから離れては何も実らせることはできません。一方で、ぶどうの木も枝なしに実を結ぶことはできません。キリストは、わたしたち抜きでは、この世に祝福の実をもたらすことが、おできにならないのです。キリストの内に流れる<永遠の命>という樹液に浸透されるとき、わたしたちも「愛」という実を結ぶことができるでしょう。「出かけて行って実を結」ぶために主はわたしたちを必要としておられます。わたしたちを「友」と呼び、「自分の命を捨てる」ほど、愛して下さったキリストのご期待に、応えることができますように。

◇クイズ
14章でイエスに「わたしたちに御父をお示しください。」と言った弟子は誰でしたか?
1.トマス 2.イスカリオテでない方のユダ 3.フィリポ

日々の御言葉 6月22日

日々のみ言葉 6月22日
○今日のタイトル 模範を示した
○通読箇所 ヨハネ13章

◇今日の聖句
イエスは、この世から父のもとへ移る御自分の時が来たことを悟り、世にいる弟子たちを愛して、この上なく愛し抜かれた。夕食のときであった…イエスは、…食事の席から立ち上がって上着を脱ぎ、手ぬぐいを取って腰にまとわれた。それから、たらいに水をくんで弟子たちの足を洗い、腰にまとった手ぬぐいでふき始められた。…主であり、師であるわたしがあなたがたの足を洗ったのだから、あなたがたも互いに足を洗い合わなければならない。わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするようにと、模範を示したのである。…あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。 https://www.bible.com/bible/1819/JHN.13.新共同訳

◇ひとくち解説
パンと杯によって示される「新しい契約」(ルカ22:20)の前に、イエスは弟子たちの足を洗われました。この上なく彼らを愛されたからです。愛される資格が彼らにあったでしょうか。数時間後には、彼らが裏切り、去って行くことを主はご存知でした。彼らの失敗をご存知の上でなお、彼らを心から愛されました。
キリストが弟子に「模範として」示されたのは、パンの奇跡でも、ラザロの復活の奇跡でもありません。この愛の奇跡なのです。キリスト者の使命は<キリストが愛されたように、互いに愛し合う>という奇跡によって世界を変えることにあります。だから今日も「愛を追い求めなさい。」(1コリント14:1)神は愛なり

◇クイズ
ユダがイエスを裏切るために去って行く直前、イエスはユダに何を手渡されましたか?
1.杯 2.パン 3.財布

日々の御言葉 6月21日

日々のみ言葉 6月21日
○今日のタイトル 一粒の麦
○通読箇所 ヨハネ12章

◇今日の聖句
さて、祭りのとき礼拝するためにエルサレムに上って来た人々の中に、何人かのギリシア人がいた。彼らは、ガリラヤのベトサイダ出身のフィリポのもとへ来て、「お願いです。イエスにお目にかかりたいのです」と頼んだ。…イエスはこうお答えになった。「人の子が栄光を受ける時が来た。はっきり言っておく。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。自分の命を愛する者は、それを失うが、この世で自分の命を憎む人は、それを保って永遠の命に至る。… わたしは地上から上げられるとき、すべての人を自分のもとへ引き寄せよう。」https://www.bible.com/bible/1819/JHN.12.新共同訳

◇ひとくち解説
イエスの誕生の際は、東方から博士たちが来ましたが、十字架を目前にして西方からギリシャ人がやってきます。全世界全人類の期待に応えるためには、どうしても通らなければならない道がありました。それは「一粒の麦となって死ぬ」という十字架の道です。十字架・復活、昇天を経てはじめて、キリストの救いは地の果てにまで及ぶのです。イエスはご自分の使命を「一粒の麦」に例えられましたが、続く言葉で、それが、ご自分だけではなく、「永遠の命に至る」すべての人に求められる生き方であることを示唆されました。「自分の命を憎む」…とは、<命>は神から与えられたものであって、自分のものとして執着しないことを意味します。わたしたちも、豊かな実りを結ぶために、与えられた命を惜しみなく使い切りたいものです。

◇クイズ
マリアがナルドの香油をイエスに注いだとき、それを批難した弟子は?
1.トマス 2.シモン 3.ユダ

日々の御言葉 6月20日

日々のみ言葉 6月20日
○今日のタイトル 復活であり命
○通読箇所 ヨハネ11章

◇今日の聖句
イエスは言われた。「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか。」マルタは言った。「はい、主よ、あなたが世に来られるはずの神の子、メシアであるとわたしは信じております。」…イエスが、「その石を取りのけなさい」と言われると、死んだラザロの姉妹マルタが、「主よ、四日もたっていますから、もうにおいます」と言った。イエスは、「もし信じるなら、神の栄光が見られると、言っておいたではないか」と言われた。…人々が石を取りのけると、イエスは…「ラザロ、出て来なさい」と大声で叫ばれた。すると、死んでいた人が、手と足を布で巻かれたまま出て来た。https://www.bible.com/bible/1819/JHN.11.新共同訳

◇ひとくち解説
ヨハネが記した「七つのしるし」のうち、最後のしるしを深く味わいましょう。復活の奇跡は旧約の預言者エリヤ(列王上17章)、エリシャ(列王下4章)も行っていますが、彼らとイエスの振る舞いには、決定的な差があります。死を全く超越しておられるお姿です。そこには「わたしは復活であり命である」と宣言できるお方しか持ち得ない落ち着きがあります。他の福音書を含めると、イエスは生涯に3度、死者の復活の奇跡を行っておられます。会堂司ヤイロの娘は死んだ直後、ナインのやもめの息子は葬りの行列で、復活させられました。ラザロの場合、さらに死んで4日目という絶望の中からの復活でした。今日、同じ主がわたしたちにも語りかけられます。「もし信じるなら、神の栄光が見られる」

◇クイズ
この奇跡の後、反対者たちを避けて、イエスが滞在された町は?
1.ベタニア 2.エフライム 3.エリコ

日々の御言葉 6月19日

日々のみ言葉 6月19日
○今日のタイトル 良い羊飼い
○通読箇所 ヨハネ10章

◇今日の聖句
わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる。…わたしには、この囲いに入っていないほかの羊もいる。その羊をも導かなければならない。その羊もわたしの声を聞き分ける。こうして、羊は一人の羊飼いに導かれ、一つの群れになる。…わたしの羊はわたしの声を聞き分ける。わたしは彼らを知っており、彼らはわたしに従う。わたしは彼らに永遠の命を与える。彼らは決して滅びず、だれも彼らをわたしの手から奪うことはできない。わたしと父とは一つである。 https://www.bible.com/bible/1819/JHN.10.新共同訳

◇ひとくち解説
旧約聖書で主は、群れを救い、癒やし、守る羊飼いにたとえられています。(詩篇23編、エゼキエル34章)ここでイエスは、ご自分を「羊のために命を捨て」「永遠の命を与える」羊飼いであると宣言され、ご自分を御父と等しい者とされました。
ところでわたしたち異邦人は、本来「囲いに入っていないほかの羊」でした。しかし主の十字架によって、わたしたちも恩寵によって、群れに入れられたのです。「こうして、羊は一人の羊飼いに導かれ、一つの群れになる。」やがて異邦人とイスラエルとは、ひとりの主、一人のメシアのもとで一つの群れとなり、主の御名を崇めるようになるのです。「主は全地の王となられる。その日には、主ひとり、その名一つのみとなる。」(ゼカリヤ14:9)「わたしがわたしの群れを養い、憩わせる、と主なる神は言われる。」(エゼキエル34:15)

◇クイズ
10章の後半で、イエスは、神殿の境内のどこで語られましたか?
1.ソロモンの回廊 2.美しの門 3.祭壇の前