日々の御言葉 1月30日

日々のみ言葉 1月30日
○今日のタイトル 愛の証拠
○通読箇所 2コリント8章

◇今日の聖句
主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となるためです。

◇ひとくち解説
貧弱なパウロの姿を見て使徒としての資格を疑うコリント教会の人々に対して、1-7章を割いて、パウロは使徒のあるべき姿を示しました。貧しくなられ、死に至るまで愛してくださったキリストの愛こそが、パウロの原動力であり、キリストと共に人々に仕えることこそが、キリストの栄光を現す方法なのです。
そのことをベースに8章から9章では、コリントの人々にも「神とともに働く者」(6:1)となるよう勧めます。その頃エルサレム教会は、飢饉と迫害の中で貧困の中にありました。パウロの呼びかけに対して、マケドニアの多くの教会は、まず自分自身を主に献げ、自ら進んで、力に応じて、また力以上に物資を献げ、エルサレム教会を支えることを「恵み」と感じていました。パウロは、コリント教会もまた、「愛の証拠」(24節)として、この「恵みのわざ」(7節)に参加するよう呼びかけるのです。「今、それをやり遂げなさい。喜んでしようと思ったとおりに、持っているものでやり遂げてください。」(8:11)
それは単に献金という問題にとどまることではありませんでした。異邦人とユダヤ人が一つとなって、キリストのからだを形成することの見えるしるしだったからです。
たとえ「持っていない」ことで計画通りに行かなくても、「持っているもの」に応じて捧げる時、主は受け入れてくださり、「足りないことはなかった」(15節)という豊かさへと導いてくださいます。こうして「捧げること」は私たちの神に対する「愛の証拠」となるばかりではなく、神の私たちに対する「愛の証拠」ともなるのです。

◇クイズ
今日はお休み

日々の御言葉 1月27日

日々のみ言葉 1月27日
○今日のタイトル キリストの愛が
○通読箇所 2コリント5章

◇今日の聖句
キリストの愛が私たちを捕らえているからです。

◇ひとくち解説
3章から述べてきた「御霊に仕える務め」へと向かう最も深い動機が、この章の後半に吐露されています。
コリント教会の人々の目には、パウロはもはや「正気でない」(13節)とさえ見えました。「四方八方から苦しめられ…途方に暮れ…迫害され…倒され」(4:8-9)ながら、それでもしもべとなって仕え、主なるイエス・キリストを宣べ伝えている(4:5)その姿は、確かに常軌を逸していました。
パウロはその理由を、こう記します。「キリストの愛が私たちを捕らえているからです」(5:14)と。「キリストはすべての人のために死なれました。」(15節)…この<正気ではない神の愛>こそ、使徒職の最大の、そしておそらく唯一の動機なのです。「捕らえている」という語συνέχωは、挟まれ、圧迫されているという意味です。キリストは、教会の迫害者であったパウロを、愛によって取り囲み、両腕で抱き、神と和解させ、「新しく造られた者」(17節)としてくださいました。その愛のゆえにパウロは、「キリストに代わる使節」(20節)として、この「和解の務め」(18節)へと向かっていくのです。
使徒とは、自分の愛でキリストを捕らえようとする人ではなく、キリストの愛によって捕えられ、そこを自分の居場所とする人のことです。

◇クイズ
1〜4節でパウロは肉体のことを何に例えていますか? 1.幕屋 2,草花 3.土の器

日々の御言葉 1月26日

日々のみ言葉 1月26日
○今日のタイトル 土の器の中に
○通読箇所 2コリント4章

◇今日の聖句
私たちは、この宝を土の器の中に入れています。それは、この測り知れない力が神のものであって、私たちから出たものではないことが明らかになるためです。

◇ひとくち解説
自分の弱さや貧しさ、また周囲からの迫害や無理解にもかかわらず、なぜパウロが使徒職を続けるのか…その理由が4章から展開されていきます。
3章の終わりでパウロは、御霊に仕える務めには、「栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変え」る力があると宣言しました。それを受けて、4章でこの奉仕のもつ意味・目的をあらためて示します。
それは、神の新創造のみ業の協力者となることです。『闇の中から光が輝き出よ』と命じられた神は、天地を創造された測り知れない力によって、人間のうちに新しい創造を行おうとしておられます。罪のうちに死んだ人々を、イエスのいのちによって生きる者とする新創造です。それはパウロ自身が、ダマスコへの途上で、キリストの栄光の中で体験したことでした。
その一端を担うという栄光・宝がもっている永遠の価値のゆえに、一時的に苦しめられ、途方に暮れ、迫害され、倒されても、パウロの心は落胆せず、感謝が満ちあふれていたのです。

◇クイズ
創世記1章で、神が「光、あれ。」と言われた時、水の上に動いていたものは何ですか? 1.暗闇 2,神の霊 3.レビヤタン

日々の御言葉 1月25日

日々のみ言葉 1月25日
○今日のタイトル 御霊に仕える務め
○通読箇所 2コリント3章

◇今日の聖句
私たちの推薦状はあなたがたです。それは私たちの心に書き記されていて、すべての人に知られ、また読まれています。

◇ひとくち解説
パウロの<資格>を疑う人の中には、推薦状を要求する者もあったと思われます。それに対してパウロは、コリント教会の存在そのものが推薦状だといいます。なぜなら、そもそもコリントの人々はパウロの奉仕の結果として(使徒18章参照)、生ける神の御霊によって、心に福音を刻まれたからです。使徒職の資格は、推薦状などに依存するものではなく、「神から与えられるもの」(5節)なのです。
パウロは自分の奉仕を「御霊に仕える務め」(8節)と呼びます。それは、モーセの務めよりも「もっと栄光を帯びたもの」(8節)です。古い契約は、正しさを示すものでしたが、それを行う力までは与えませんでした。しかし、新約の奉仕によってもたらされる聖霊は、私たちを「義とする」ことができるお方です(9節)。
聖霊は、私たちの心にかかった覆いを取り除き、「主の栄光を見つめる」(18節別訳)ことができるようにさせてくださいます。「御霊はわたしの栄光を現されます」(ヨハネ16:14)と、イエスが言われた通りです。私たちはその栄光を見つつ「御子のかたちと同じ姿に」(ローマ8:29)変えられていきます。
人間を神の似姿に再創造する(創世記1:26-27参照)それが、「御霊に仕える務め」のゴールです。

◇クイズ
今日はお休み

日々の御言葉 1月24日

日々のみ言葉 1月24日
○今日のタイトル キリストの香り
○通読箇所 2コリント2章

◇今日の聖句
神はいつでも、私たちをキリストによる凱旋の行列に加え、私たちを通してキリストを知る知識の香りを、いたるところで放ってくださいます。

◇ひとくち解説
コリント教会の中には、パウロの貧しさや弱さのゆえに、使徒としての資格を疑い、判断を非難する者たちがいました。2章の前半でパウロは、どれほど教会を愛しているかを述べた上で、14節から、変わることのない<使徒の資格>について記していきます。
パウロは自分をキリストに捕らわれた者…いわば、凱旋行進で引き回される敵の捕虜…とみなし、神に感謝します。なぜなら、捕虜である自分のみじめさは、王であるキリストがどれほど偉大であるかを示すからです。行進でたかれる香は、行列の最後に至るまで、人々に王の栄光を知らせました。同様に、人の目に見えるのは貧しい捕虜…使徒の姿だけれども、その香りを通して、先頭におられるキリストの存在を知らせるのだと言うのです。
その香りはまた、旧約聖書の、主への全焼のささげ物から立ち上る香りにも重ね合されます。キリストは「私たちのために、ご自分を神へのささげ物、またいけにえとし、芳ばしい香りを献げてくださいました。」(エペソ5:2)…十字架のキリストと一つになることで、いのちに至らせる香りを放つことこそ、使徒たる証です。パウロのみすぼらしさ、弱さこそが、彼が使徒であることの確かな証なのです。

◇クイズ
創世記8:21で、全焼のささげ物を通して主に芳ばしい香りを捧げたのは誰? 1.アブラハム 2.ノア 3.アベル

日々の御言葉 1月23日

日々のみ言葉 1月23日
○今日のタイトル 証印を押し
○通読箇所 2コリント1章

◇今日の聖句
神はまた、私たちに証印を押し、保証として御霊を私たちの心に与えてくださいました。

◇ひとくち解説
コリント人への第二の手紙は、パウロの使徒としての権威・資格を疑問視する教会に対して、「使徒とは何か」を示すためにかかれました。
21,22節でパウロは「油」と「印」という二つのイメージを用いて、「キリスト・イエスの使徒」(1:1)の本質を示します。
<キリスト>という称号自体が油注がれた者という意味ですが、パウロは、「私たちを…キリストのうちに(Χριστὸν) 堅く保ち、私たちに油を注がれた(χρίσας)方は神」(21節)と記し、使徒もまたキリストの内にあって聖霊の油の注ぎを受けた者であると言っています。
キリストはご自分のことを指して「この人の子に、神である父が証印を押された」」(ヨハネ6:27)と言われました。それと同様に、使徒もまた聖霊によって、神の御名の証印が押されているのです。神の所有となり、神の御名を現す存在という意味です。
御子キリストとの神秘的な一致こそ、使徒の最大の特徴なのです。イエスは言われます。「父がわたしを遣わされたように、わたしもあなたがたを遣わします。」(ヨハネ20:21)

◇クイズ
19節には、パウロと共にコリントの人々に神の子キリスト・イエスを宣べ伝えた人の名が記されます。それはシルワノと誰? 1.テモテ 2.バルナバ 3.クリスポ

日々の御言葉 1月20日

日々のみ言葉 1月20日
○今日のタイトル 集まるときには
○通読箇所 1コリント14章

◇今日の聖句
あなたがたが集まるときには、それぞれが賛美したり、教えたり、啓示を告げたり、異言を話したり、解き明かしたりすることができます。そのすべてのことを、成長に役立てるためにしなさい。

◇ひとくち解説
「教会に集まる際、あなたがたの間に分裂がある」(11:18)というコリント教会の問題に対するパウロの回答はこの章まで続きます。
集う一人ひとりが、愛という土台にしっかり根差しているなら、集いの中の一つ一つの奉仕が互いに働いて、「教会を成長させます」(4節)。ここで「教会を成長させるために」(12節)ということは、単に集まる人の数が増えるということではありません。「神の御子に対する信仰と知識において一つとなり、…キリストの満ち満ちた身丈にまで達する」(エペソ4:13)ということです。こうして、教会は愛のうちに建てられ(4:16)、世にあってキリストを見えるように現すようになるのです。
互いに愛し合うなら、そこに自然な秩序が生まれます。コリント教会の集いが無秩序となったのは、熱心さのあまりに愛を失ってしまったからなのかもしれません。
イエスの教えに耳を傾けましょう。「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。互いの間に愛があるなら、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるようになります。」(ヨハネ13:34-35)

◇クイズ
捧げられた祈りに対して、集った人々が言う応答の言葉は?(16節) 1.ハレルヤ 2.アーメン 3.シャローム

日々の御言葉 1月19日

日々のみ言葉 1月19日
○今日のタイトル キリストのからだ
○通読箇所 1コリント13章

◇今日の聖句
いつまでも残るのは信仰と希望と愛、これら三つです。その中で一番すぐれているのは愛です。

◇ひとくち解説
キリストのからだの部分として、私たちにはそれぞれ異なる働きが与えられています。多様な賜物をもちながら、一つの目的を目指していくために、なくてはならないもの…それが愛です。 パウロは「はるかにまさる道」(12:31)として愛の賛歌を高らかに示します。
1-3節では、どんな奉仕においても、愛がその動機となるべきであることが歌われます。
4-7節では、隣人との関係で、愛がどのように示されるべきかが具体的に記されます。
8-13節で、愛の卓越性・永遠性をもってこの歌は結ばれます。
愛こそは、ぶどうの木であるキリストと、枝である私たちを同じいのちに生かす樹液です。そして、枝である私たちが世にあって実を結ぶために必要な、たった一つのことです。
主イエスは、弟子たちにこう言われます。「わたしの愛にとどまりなさい。…わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合うこと、これがわたしの戒めです。」(ヨハネ15:9、12)

◇クイズ
12節では、ぼんやり映るものの例として、何が挙げられていますか? 1.鏡 2.水面 3.窓

日々の御言葉 1月18日

日々のみ言葉 1月18日
○今日のタイトル キリストのからだ
○通読箇所 1コリント12章

◇今日の聖句
あなたがたはキリストのからだであって、一人ひとりはその部分です。

◇ひとくち解説
コリント教会での様々な問題に対して回答を与えるパウロは、11章から「教会に集まる」(11:18)ときのふるまいについて述べています。コリント教会では集会の際、それぞれが御霊の賜物を主張しながら、個性を乱用し、勝手なことを行うことで混乱が生じていました。
教会の中には確かに様々な働きがあり、多様性が重んじられます。そこには様々な立場、文化を背景にした人が集い、様々な賜物を活かして奉仕します。しかし、その多様な働きは一人のお方、主であり神である「御霊」(12:4-6)によって主導され、秩序と調和が保たれていなければなりません。
教会はキリストのからだであり、一人ひとりはその部分なのです。聖霊が「イエスは主です」(3節)とキリストを指し示すように、教会もまた全存在を挙げてキリストを現します。そのことによって、キリストの願いをこの地上に実現し、成長していきます(14:5、12、17、26)。
この一つの目的がなければ、賜物の多様性は、むしろ妨げになる危険性さえあるのです。パウロは次の章で、多様な賜物の中で「はるかにまさる道」を教え、教会を一致へと導きます。それは「愛」です。

◇クイズ
12:14-16で挙げられている「からだの部分」は手足と目とどこ? 1.首 2.口 3.耳

日々の御言葉 1月16日

日々のみ言葉 1月16日
○今日のタイトル 苦難のしもべ
○通読箇所 イザヤ53-54章

◇今日の聖句
彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、その打ち傷のゆえに、私たちは癒やされた。

◇ひとくち解説
53章は、イザヤ書後半にあらわれる4つの「主のしもべの歌」のうち、最後にして、最も重要な歌です。前の章でイザヤは、異邦人に売り飛ばされた主の民が、買い戻され、主の帰還を目の当たりにし、主の御名を知るようになることを予告しました。
この章では、そのために、どんな代償が支払われたのかが驚きをもって記されるのです。新約聖書の著者たちは、この歌の中に苦難のしもべとなられたキリストの姿を見ました。
彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、その打ち傷のゆえに、私たちは癒やされた。」…この章は、主のしもべが受ける拒絶から始まって(1-3)苦しみ(4-7)、死(8-9)だけではなく、それによって与えられる勝利(10-12)までを予告し、あたかも小さな福音書を読んでいるかのようです。ヨハネは53:1を引用し「イザヤがこう言ったのは、イエスの栄光を見たから」(ヨハネ12:38、41)と記しました。メシアの「受難の時」こそは、同時に「人の子が栄光を受ける時」(同12:23)なのです。その栄光とは、次章に示される「永遠の真実の愛」(54:8)…愛の栄光です。
たとえ山が移り、丘が動いても、わたしの真実の愛はあなたから移らず、わたしの平和の契約は動かない。」(54:10)神は愛なり

◇クイズ
54:9では、永遠の真実の愛が現わされる時を、何の日のようだと言っていますか? 1.アブラハムの日 2.ノアの日 3.アダムの日