日々の御言葉*12月16日

日々の御言葉 12/16
〇今週のテーマ:悔い改め
○今日のタイトル:救いに通じる悔い改め
〇聖句箇所:2コリント7:8−10

◇聖句*****
あの手紙によってあなたがたを悲しませたとしても、わたしは後悔しません。確かに、あの手紙が一時にもせよ、あなたがたを悲しませたことは知っています。たとえ後悔したとしても、今は喜んでいます。あなたがたがただ悲しんだからではなく、悲しんで悔い改めたからです。あなたがたが悲しんだのは神の御心に適ったことなので、わたしたちからは何の害も受けずに済みました。神の御心に適った悲しみは、取り消されることのない救いに通じる悔い改めを生じさせ、世の悲しみは死をもたらします。

◇ひとくち解説*****
悔い改める人には、神秘的な輝きが現われてきます。悔い改めは、まことの喜びと、心の躍動の条件です。悔い改めによって、わたしたちは闇から光へと移行し、新しくされて行くのです。
だからこそ、キリストの地上生涯における宣教の最初の言葉は、「悔い改めよ。天の国は近づいた」(マタイ4:17)でした。洗礼者ヨハネ(マタイ3:2)もまたペンテコステ後の弟子たち(使徒2:38)もこの言葉をもって宣教を始めました。「ダビデの子主イエスよ、罪人なる私を憐れんで下さい」この祈りこそ、新しい生き方へのスタートであり、救いに通じる道なのです。

◇クイズ*****
コリント教会の悔い改めについて、パウロに知らせた人は誰でしたか?
1.テトス 2.バルナバ 3.エパフロディト 4.テモテ

☆聖書をひらいて聖書通読。今日の箇所は、ミカ1−4章です。

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日々の御言葉*12月14日

日々の御言葉 12/14
〇今週のテーマ:悔い改め
○今日のタイトル:打ち砕かれ悔いる心
〇聖句箇所:詩編51:18-19

◇聖句*****
もしいけにえがあなたに喜ばれ、焼き尽くす献げ物が御旨にかなうのなら、わたしはそれをささげます。しかし、神の求めるいけにえは打ち砕かれた霊。打ち砕かれ悔いる心を、神よ、あなたは侮られません。

◇ひとくち解説*****
ダビデ王の悔い改めの詩編です。この節は、かつて預言者サムエルが、サウル王に言った言葉を思い起こさせます。「主が喜ばれるのは、焼き尽くす献げ物やいけにえであろうか。むしろ、主の御声に聞き従うことではないか。」(サムエル記上15:22)このときサウル王は、自分の行いを正当化し、言い訳によって罪を隠そうとしました。その結果、主の霊はサウルから去ってしまわれたのです。それに比べてダビデはどうだったでしょう?預言者ナタンから罪を指摘されたとき、王としてのプライドを捨てて即座に罪を認め、悔い改め、この祈りを捧げたのです。主はそのようなダビデを愛し、生涯にわたって祝福されたのでした。
わたしたちもダビデと共に祈りましょう。「神よ、わたしを憐れんでください…わたしの咎をことごとく洗い、罪から清めてください。…神よ、わたしの内に清い心を創造し、新しく確かな霊を授けてください。」(3、4、12節)

◇クイズ*****
19節「ヒソプの枝でわたしの罪を払ってください」とありますが、ヒソプに関連する旧約聖書の祭は次のどれ?(ヒント:出エジ12章) 1.仮庵祭 2.七週の祭り 3.過越祭 4.ハヌカ

☆聖書をひらいて聖書通読。今日の箇所は、アモス7-9章です。

日々の御言葉*12月13日

日々の御言葉 12/13
〇今週のテーマ:悔い改め
○今日のタイトル:初めの行いに立ち戻る
〇聖句箇所:黙示録2:2-5

◇聖句*****
「わたしは、あなたの行いと労苦と忍耐を知っており、また、あなたが悪者どもに我慢できず、自ら使徒と称して実はそうでない者どもを調べ、彼らのうそを見抜いたことも知っている。あなたはよく忍耐して、わたしの名のために我慢し、疲れ果てることがなかった。しかし、あなたに言うべきことがある。あなたは初めのころの愛から離れてしまった。だから、どこから落ちたかを思い出し、悔い改めて初めのころの行いに立ち戻れ。もし悔い改めなければ、わたしはあなたのところへ行って、あなたの燭台をその場所から取りのけてしまおう。」

◇ひとくち解説*****
エフェソ教会への勧告です。エフェソの町は、偶像礼拝の中心地であり、道徳的にも退廃していました。そのような中で信徒達は、忍耐強く正しい信仰を守り抜いていました。しかし、残念ながら次第に義務的・習慣惰性的となり、不平不満を口にするようになっていました。そのようなエフェソ教会に主は悲しみを込めて言われます。「初めのころの愛から離れてしまった」と。救われてまもないころ、心に燃えていた主への愛が、冷めてしまっていたのです。わたしたちもそのようなことがないでしょうか?「燭台」(神の臨在に満ちた教会の象徴)が取り上げられないために、3つのことをするようにと勧告されます。

1.どこから落ちたかを思い出す(何が私たちを主から離しているのかを吟味する)
2.悔い改める(主の方に向き直る)
3.初めの行いに帰る(愛という唯一の動機をもって行う)

◇クイズ*****
この後、キリストがエフェソ教会に与えようと約束されたものは何?
1.命の木の実 2.隠されたマナ 3.白い衣 4.命の冠

☆聖書をひらいて聖書通読。今日の箇所は、アモス4-6章です。

日々の御言葉*12月12日

日々の御言葉 12/12
〇今週のテーマ:悔い改め
○今日のタイトル:公に言い表す
〇聖句箇所:1ヨハネ1:7-10

◇聖句*****
しかし、神が光の中におられるように、わたしたちが光の中を歩むなら、互いに交わりを持ち、御子イエスの血によってあらゆる罪から清められます。自分に罪がないと言うなら、自らを欺いており、真理はわたしたちの内にありません。自分の罪を公に言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、罪を赦し、あらゆる不義からわたしたちを清めてくださいます。罪を犯したことがないと言うなら、それは神を偽り者とすることであり、神の言葉はわたしたちの内にありません。

◇ひとくち解説*****
「御子イエスの血によってあらゆる罪から清められます。」使徒ヨハネは、十字架のもとに最後まで立ち、見守った一人でした。キリストの御体から血と水とが流れ出たのを目撃した彼は、その贖いの重さを誰よりも深く知り、聖霊によってそれを自分の体験として受け取りました。十字架の贖いは完全無欠であり、全ての罪から徹底的に清め、いかなる罪人をも聖人と変える力があるのです。
「自分には罪はない」と言い張る人は、罪が何であるかを知らない人です。自己弁護は傲慢と堕落への入り口です。私たちの前に開かれた赦しと清めの道はたった一つです。自分自身の罪を認め、自己の罪を正直に告白し、十字架を仰ぎ、イエス・キリストの無限無量の贖いを信じ、受けいれることです。

◇クイズ*****
サムエル記下12章で、ダビデ王が犯した罪を叱責し、悔い改めまで導いた預言者と言えば?
1.ウリヤ 2.ナタン 3.ヨアブ 4.ツァドク

☆聖書をひらいて聖書通読。今日の箇所は、アモス1-3章です。

日々の御言葉*12月11日

日々の御言葉 12/11
〇今週のテーマ:悔い改め
○今日のタイトル:放蕩息子
〇聖句箇所:ルカ15:17-20

◇聖句*****
そこで、彼は我に返って言った。『父のところでは、あんなに大勢の雇い人に、有り余るほどパンがあるのに、わたしはここで飢え死にしそうだ。ここをたち、父のところに行って言おう。「お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください」と。』そして、彼はそこをたち、父親のもとに行った。ところが、まだ遠く離れていたのに、父親は息子を見つけて、憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した。

◇ひとくち解説*****
今週のテーマは「悔い改め」です。待降節にふさわしいテーマです。なぜなら、貧しい馬小屋でお生まれになった御子イエスに出会うためには、わたしたちも低くならなければならないからです。謙遜と悔い改めは、それ自体が目的ではなく、全てを手放して主に近づくために通る道であり、ついに私たちは大いなる喜びをもって御子を抱くことができるでしょう。
放蕩息子の物語を味わいましょう。幸せを求めて父の家を出た息子でしたが、そこには本当の喜びはありませんでした。父は毎日息子を待ち続けました。だからこそ、「まだ遠く離れていたのに、父親は息子を見つけ」たのです。主イエスは昨日も今日も、大きな愛をもって私たちが帰ってくるのを待っていて下さるお方です。そこに本当の喜びがあります。「わたしにつながっていなさい。わたしの愛にとどまりなさい。」(ヨハネ15:14、9)

◇クイズ*****
15章は、「失われたもの」が神に立ち帰ることの喜びを表わしたたとえが3つ記されています。その三つとは、「羊」と「息子」ともう一つ何? 1.油 2.塩 3.銀貨 4.いちじく

☆聖書をひらいて聖書通読。今日の箇所は、ヨエル1-4章です。

日々の御言葉*12月9日

日々の御言葉 12/9
〇今週のテーマ:平和
○今日のタイトル:正義が造り出すもの
〇聖句箇所:イザヤ32:15-18

◇聖句*****
ついに、我々の上に、霊が高い天から注がれる。荒れ野は園となり、園は森と見なされる。そのとき、荒れ野に公平が宿り、園に正義が住まう。正義が造り出すものは平和であり、正義が生み出すものは、とこしえに安らかな信頼である。わが民は平和の住みか、安らかな宿、憂いなき休息の場所に住まう。

◇ひとくち解説*****
聖霊が注がれ、神の支配が全世界の隅々まで及ぶとき、平和は完成します。「正義が造り出すものは平和」とありますが、この章の最初に、正義とは「一人の王」であることが記されています。「王の王」(黙示録19:16)であるキリストが再び来られ、神の正義と愛とをもって統べ治められるとき、とこしえの平和がおとずれるのです。
人間の「正義」は平和をつくりだすどころか、かえって争いと暴力の種になりがちです。私たちが求めるのは「神の義」なのです。「平和の君」メシアの到来を、今日も祈りましょう。

◇クイズ*****
マタイ5章「義に飢え渇く人々は、幸いである、その人たちは…」に続くのは?
1.満たされる。 2.憐れみを受ける。3.神の子と呼ばれる。4.慰められる。

☆聖書をひらいて聖書通読。今日の箇所は、ホセア6-10章です。

日々の御言葉*12月8日

日々の御言葉 12/8
〇今週のテーマ:平和
○今日のタイトル:平和に暮らしなさい
〇聖句箇所:ローマ12:17-21

◇聖句*****
だれに対しても悪に悪を返さず、すべての人の前で善を行うように心がけなさい。できれば、せめてあなたがたは、すべての人と平和に暮らしなさい。愛する人たち、自分で復讐せず、神の怒りに任せなさい。「『復讐はわたしのすること、わたしが報復する』と主は言われる」と書いてあります。「あなたの敵が飢えていたら食べさせ、渇いていたら飲ませよ。そうすれば、燃える炭火を彼の頭に積むことになる。」悪に負けることなく、善をもって悪に勝ちなさい。

◇ひとくち解説*****
善に対して悪をもって返すのは悪魔的です。善に対して善を返すのは人間的な道徳です。悪に対して善をもって返すのは神的な行為です。パウロがこう言うのは、「自分も赦された者である」という強烈な意識があったからなのでしょう。迫害者であった彼に、主は十字架の贖いによって赦しを与え、聖霊を与えて偉大な使命へと召し出されました。神の愛に満たされたとき、「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。」(マタイ5:44)とのイエスの言葉を行うことができたのです。これこそが平和に暮らす秘訣です。
「赦されることの少ない者は、愛することも少ない。」(ルカ7:48)とイエスは言われました。自分がどれほど神様と人々に赦されているかを想いましょう。そうすればきっと、もっと多く赦し、愛することができるはずです。「互いに忍び合い、責めるべきことがあっても、赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたも同じようにしなさい。」(コロサイ3:13)神は愛なり

◇クイズ*****
ルカによる福音書5章で、イエスが「あなたの罪は赦された」と言われたのは、どんな病気にかかった人に対してでしたか?
1.重い皮膚病 2.中風 3.てんかん 4.水腫

☆聖書をひらいて聖書通読。今日の箇所は、ホセア1-5章です。