日々の御言葉 12月11日

日々のみ言葉 12月11日
○今日のタイトル 安心しなさい。わたしだ
○通読箇所 マルコ6章

◇今日の聖句
イエスは弟子たちを強いて舟に乗せ、…祈るために山へ行かれた。夕方になると、舟は湖の真ん中に出ていたが、イエスだけは陸地におられた。ところが、逆風のために弟子たちが漕ぎ悩んでいるのを見て、夜が明けるころ、湖の上を歩いて弟子たちのところに行き、そばを通り過ぎようとされた。…イエスはすぐ彼らと話し始めて、「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない」と言われたhttps://www.bible.com/bible/1819/MRK.6.新共同訳

◇ひとくち解説
イエスは12使徒を派遣されました。使徒たちは村々で宣教の成果を挙げ、帰ってきて自分たちが行ったことを熱心に報告します。イエスはそんな彼らに、心と体とを静めるよう命じられました。イエスは彼らに、弟子として最も大切なことが何かをもう一度思い出して欲しかったのです。
その後、群衆を前にイエスが「あなたがたが彼らに食べ物を与えなさい」と言われたとき、また、嵐の湖上で、彼らには何もできませんでした。この二つの奇跡を通して弟子たちは、自分たちが宣教で実を結ぶことができたのは、ただイエスの権能によるものであり、キリストから離れては何もできない(ヨハネ15:5参照)ことを知ったのです。
イエスは弟子たちを「見て…弟子たちのところに行き、そばを通り過ぎようとされた」(48節)今日、漕ぎ悩む私たちの前をイエスが通り過ぎようとしておられます。私たちにとって最も大切なことは、主と共にいることなのですから、心の舟に迎えましょう!

◇クイズ
ナザレではイエスは何者だとみなされていましたか?
1.大工 2.教師 3.漁師

日々の御言葉 12月10日

日々のみ言葉 12月10日
○今日のタイトル 恐れることはない
○通読箇所 マルコ5章

◇今日の聖句
イエスはその話をそばで聞いて、「恐れることはない。ただ信じなさい」と会堂長に言われた。… イエスは皆を外に出し、子供の両親と三人の弟子だけを連れて、子供のいる所へ入って行かれた。そして、子供の手を取って、「タリタ、クム」と言われた。これは、「少女よ、わたしはあなたに言う。起きなさい」という意味である。少女はすぐに起き上がって、歩きだした。もう十二歳になっていたからである。それを見るや、人々は驚きのあまり我を忘れた。https://www.bible.com/bible/1819/MRK.5.新共同訳

◇ひとくち解説
5章には死の鎖に捕らわれている人々が次々に登場します。悪霊に取りつかれ墓場に住む男、死を待つばかりの病をもつ女性、そして娘が死んでしまった会堂長ヤイロ…人は死を前にして全く無力です。彼らと対照的に、イエスは死を全く無視するかのようにふるまわれます。復活であり命である主は「暗闇と死の陰に座している者たちを照らし」(ルカ1:79)、これらの人々に、解放と癒やしと復活をお与えになりました。
「それを見るや、人々は驚きのあまり我を忘れた。」(42節)イエスと一緒に行くなら、我を忘れるほどの驚きと喜びの連続です。今日も、キリストは、驚くべき道へと私達を招いておられます。「恐れることはない。ただ信じなさい」と。

◇クイズ
汚れた霊が入って湖で死んだ豚は、およそ何匹でしたか?
1.20匹 2.200匹 3.2000匹

日々の御言葉 12月9日

日々のみ言葉 12月9日
○今日のタイトル からし種のような
○通読箇所 マルコ4章

◇今日の聖句
更に、イエスは言われた。「神の国を何にたとえようか。どのようなたとえで示そうか。それは、からし種のようなものである。土に蒔くときには、地上のどんな種よりも小さいが、蒔くと、成長してどんな野菜よりも大きくなり、葉の陰に空の鳥が巣を作れるほど大きな枝を張る。」 https://www.bible.com/bible/1819/MRK.4.新共同訳

◇ひとくち解説
「からし種」は、聖書時代に農耕で蒔かれる種としては最小でした。粉のように小さな粒ですが、成長すると3mになり野菜の中で一番大きくなります。イエスは、「神の国」をからし種に例えておられます。キリストの十字架の死によって、命の種がこの地上に蒔かれたとき、それは意味がないと思われるほど小さなものでした。しかし種に宿った<永遠の命>は、ペンテコステにおいて弟子たちのうちに発芽し、やがて全世界に枝を伸ばし、今に至るまで数え切れないほどの実を結んでいます。
わたしたちが蒔く福音の種は、吹けば飛んでしまうほど小さく、宣教は愚かに見えることもあります。しかし、その種に命が宿っている限り、時が来るなら根をはり、花咲き、その実を全世界に満たすのです。だから今日も、涙と共に種を蒔きましょう! イエスは約束されました。「小さな群れよ、恐れるな。あなたがたの父は喜んで神の国をくださる。」(ルカ12:32)

◇クイズ
嵐の舟の中で、イエスは舟のどのあたりで眠っておられましたか?
1.先頭 2.真ん中 3.後ろ

日々の御言葉 12月6日

日々のみ言葉 12月6日
○今日のタイトル 福音の初め
○通読箇所 マルコ1章

◇今日の聖句
神の子イエス・キリストの福音の初め。…イエスはガリラヤへ行き、神の福音を宣べ伝えて、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言われた。イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、シモンとシモンの兄弟アンデレが湖で網を打っているのを御覧になった。彼らは漁師だった。イエスは、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。二人はすぐに網を捨てて従った。。https://www.bible.com/bible/1819/MRK.1.新共同訳

◇ひとくち解説
今日からマルコによる福音書を読みます。四つの福音書の中で最初に書かれたと考えられていて、最も短い書です。文体は簡潔で力強く、読んでいる人に、今目の前で起こっているような臨場感を与えます。
冒頭の言葉が、この福音書の主題です。「神の子イエス・キリストの福音」…イエスが、キリスト(メシア・救世主)であり、それだけでなく「神の子」(御父と唯一の神性を共有しておられる方、すなわち神)であるという福音へと、マルコは読者を導きます。そのイエスの第一声は「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」でした。悔い改めるという言葉は、単に罪を後悔するということではありません。価値観を一転させ、新しい命に生きなさいとの意味です。漁師たちは、イエスの招きに対して「すぐに網を捨てて」従い、新しい人生を歩み始めました。今日が私たちにとって、イエスの招きに応える日でありますように。

◇クイズ
シモンの家でイエスに癒やしていただき、皆をもてなしたのは、シモンの誰ですか?
1.母の姉妹 2.妻の母 3.いとこ

日々の御言葉 12月5日

日々のみ言葉 12月5日
○今日のタイトル 神の栄光を現すために
○通読箇所 1コリント10章

◇今日の聖句
「すべてのことが許されている。」しかし、すべてのことが益になるわけではない。「すべてのことが許されている。」しかし、すべてのことがわたしたちを造り上げるわけではない。だれでも、自分の利益ではなく他人の利益を追い求めなさい。…あなたがたは食べるにしろ飲むにしろ、何をするにしても、すべて神の栄光を現すためにしなさい。https://www.bible.com/bible/1819/1CO.10.新共同訳

◇ひとくち解説
8章から始まった「偶像に供えられた肉」についての質問に対するパウロの結論です。
一番大切なことは、キリストの血、キリストの体にあずかったわたしたちは、主の命によって生きているということです。キリストが「わたしが父によって生きるように、わたしを食べる者もわたしによって生きる」(ヨハネ6:58)と言われたとおりです。肉体的に何を食べ、何を飲むかは個人の良心にゆだねられています。しかし、自分の利益や欲を満たすのではなく、他者への愛の配慮を優先したいものです。人を造り上げるのは「正論」ではなく、愛だからです。(8:1)
飲食だけではなく、生活のすべての面で、自分の体で神の栄光を現わすこと。それがキリスト者のめざす生き方です。

◇クイズ
8節に、2万人以上が主に打たれて倒れて死んだ事件のことが記されています。このとき、神に対する熱情を表し、主の怒りを去らせた祭司は誰?(民数25章) 1.アロン 2.ピネハス 3.エルアザル

日々の御言葉 12月4日

日々のみ言葉 12月4日
○今日のタイトル 福音のためなら
○通読箇所 1コリント9章

◇今日の聖句
弱い人に対しては、弱い人のようになりました。弱い人を得るためです。すべての人に対してすべてのものになりました。何とかして何人かでも救うためです。福音のためなら、わたしはどんなことでもします。それは、わたしが福音に共にあずかる者となるためです。あなたがたは知らないのですか。競技場で走る者は皆走るけれども、賞を受けるのは一人だけです。あなたがたも賞を得るように走りなさい。競技をする人は皆、すべてに節制します。彼らは朽ちる冠を得るためにそうするのですが、わたしたちは、朽ちない冠を得るために節制するのです。 https://www.bible.com/bible/1819/1CO.9.新共同訳

◇ひとくち解説
前の章で、愛の配慮から自分の意志で「不自由」をあえて選んだことを、パウロは記しました。この章ではさらに、使徒としての自らの信念を披瀝します。
「福音によって生活の資を得る」という使徒の権利さえも放棄したのは、「キリストの福音を少しでも妨げてはならない」と感じたからです。福音のために、自分の立場や習慣など、すべてを手放し、貧しさ・弱さを喜んで受け入れたのです。福音の伝達のためには、キリストの十字架の道を歩むしか方法はありません。しかし、その向こうに待っている「朽ちない冠」を仰ぐなら、それは喜びの道となるでしょう。
「自分に定められている競走を忍耐強く走り抜こうではありませんか、信仰の創始者また完成者であるイエスを見つめながら。」(ヘブライ12:1-2)

◇クイズ
黙示録2章で「命の冠を授けよう」との約束を受けた教会は?
1.ティアティラ 2.エフェソ 3.スミルナ

日々の御言葉 12月3日

日々のみ言葉 12月3日
○今日のタイトル 愛は造り上げる
○通読箇所 1コリント8章

◇今日の聖句
知識は人を高ぶらせるが、愛は造り上げる。…わたしたちを神のもとに導くのは、食物ではありません。食べないからといって、何かを失うわけではなく、食べたからといって、何かを得るわけではありません。ただ、あなたがたのこの自由な態度が、弱い人々を罪に誘うことにならないように、気をつけなさい。…このようにあなたがたが、兄弟たちに対して罪を犯し、彼らの弱い良心を傷つけるのは、キリストに対して罪を犯すことなのです。それだから、食物のことがわたしの兄弟をつまずかせるくらいなら、兄弟をつまずかせないために、わたしは今後決して肉を口にしません。 https://www.bible.com/bible/1819/1CO.8.新共同訳

◇ひとくち解説
コリント教会からの次の質問は「何を食べるべきか、食べないべきか」です。コリントには偶像の神々に供えられた肉も、一般の店で混ぜて売られていたようです。パウロは、そもそも「神々」など存在せず、唯一の主イエス・キリストがおられるだけなのだから、何を食べようと自由だと原則を示します。しかし、その「自由な態度」が、信仰の弱い人をつまずかせ、心を傷つけるようなことがあるのなら、それは、キリストを傷つけることになると諭します。そして、周囲の人々への愛のために、自分は自由を捨て、あえて「不自由」を選ぶと言います。信仰の原則を曲げることなく、愛の配慮を行う知恵が与えられますように。「知識は人を高ぶらせるが、愛は造り上げる。

◇クイズ
エルサレム会議(使徒15章)で「偶像に供えてけがれた肉」を避ける原則を示した人は誰?
1.ペトロ 2.ヤコブ 3.パウロ