日々の御言葉*5月26日

日々の御言葉 5/26
○今日のタイトル:約束
○通読箇所:ローマ4章

◇今日の聖句*****
死者に命を与え、存在していないものを呼び出して存在させる神を、アブラハムは信じ、その御前でわたしたちの父となったのです。彼は希望するすべもなかったときに、なおも望みを抱いて、信じ、「あなたの子孫はこのようになる」と言われていたとおりに、多くの民の父となりました。そのころ彼は、およそ百歳になっていて、既に自分の体が衰えており、そして妻サラの体も子を宿せないと知りながらも、その信仰が弱まりはしませんでした。彼は不信仰に陥って神の約束を疑うようなことはなく、むしろ信仰によって強められ、神を賛美しました。神は約束したことを実現させる力も、お持ちの方だと、確信していたのです。だからまた、それが彼の義と認められたわけです。

◇ひとくち解説*****
3章で「人が義とされるのは…信仰による」(3:28)と結論づけたパウロは、その実例としてアブラハムを挙げます。アブラハムは「希望するすべもなかったときに」望みをいだいて信じ、そのことによって義と認められました。
すべてが順調に進んでいるときに「信じます」と言うことは簡単です。けれども本当に信仰が必要とされるのは、希望のかけらも見いだせない暗闇の中にあるときなのです。そのような時、「神は愛であって、わたしに対してすばらしい約束の計画を持っておられる」と信じることのできる人は幸いです。それは、単なる楽観主義とも、やせ我慢とも違います。内におられるキリストが「与えて下さる」恵みなのです。

◇クイズ*****
この章で、アブラハムと共に「行いによらずに神から義と認められた人」としてあげられている人物は?
1.モーセ 2.ダビデ 3.サムエル 4.エリヤ

<聖書リンク>https://www.bible.com/ja/bible/81/ROM.4.ja1955(口語訳)

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日々の御言葉*5月25日

日々の御言葉 5/25
○今日のタイトル:信仰による義
○通読箇所:ローマ3章

◇今日の聖句*****
ところが今や、律法とは関係なく、しかも律法と預言者によって立証されて、神の義が示されました。すなわち、イエス・キリストを信じることにより、信じる者すべてに与えられる神の義です。そこには何の差別もありません。人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっていますが、ただキリスト・イエスによる贖いの業を通して、神の恵みにより無償で義とされるのです。

◇ひとくち解説*****
1章の後半から「罪」について書いてきたパウロは「正しい者はいない。一人もいない。」と、断言します。すべての人が「救い」を必要としていると訴えます。
しかし21節から、その有罪判決は、逆転無罪判決へとくつがえります。「人類の必要」がイエス・キリストによって完全に満たされたのです。「キリスト・イエスによる贖いの業を通して、神の恵みにより無償で義とされ」る救いの道が開かれました。神の栄光を受けられなくなっていたわたしたちを、神の似姿にまで回復するために、十字架の上でどれほどの代価が支払われたか考えましょう。
この恵みを受け取るためにわたしたちがすべきことは「イエス・キリストを信じること」だけです。「信じる」ということは、ただ「理解する」ということはありません。全面的に信頼して委ね、一つとなることです。今日、主が与えて下さった恵みを、信仰によって受け取ることができますように。

◇クイズ*****
「罪を償う供え物」(25節)と訳されている言葉は、神殿の中の「贖いの座」を示す言葉としても使われていました。「贖いの座」はどこにありましたか?(出エジプト25:17参照) 1.祭壇 2.洗盤 3.契約の箱 4.門

<聖書リンク>https://www.bible.com/ja/bible/81/ROM.3.ja1955(口語訳)

日々の御言葉*5月24日

日々の御言葉 5/24
○今日のタイトル:ユダヤ人と律法
○通読箇所:ローマ2章

◇今日の聖句*****
外見上のユダヤ人がユダヤ人ではなく、また、肉に施された外見上の割礼が割礼ではありません。内面がユダヤ人である者こそユダヤ人であり、文字ではなく“霊”によって心に施された割礼こそ割礼なのです。その誉れは人からではなく、神から来るのです。

◇ひとくち解説*****
1章の後半から3章の半ばまで、パウロは「罪」について書いています。
異邦人も、被造物や良心を通して神を知ることができる以上、律法をもたないことを罪の言い訳にすることはできないこと。
ユダヤ人も、律法を与えられて、「何をなすべきかをわきまえて」いるにも関わらず、それを実行できていないとすれば、意味がないこと。
つまり、人類は「皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなってい」る(3:23)とパウロは指摘します。「割礼の有無(ユダヤ人であるか異邦人であるか)は問題ではなく、大切なのは、新しく創造されることです。」(ガラテヤ6:15)
わたしたちも、聖霊を受け「霊の割礼」を心に受けているのですから、「絡みつく罪をかなぐり捨てて、…走り抜こうではありませんか、信仰の創始者また完成者であるイエスを見つめながら。」(ヘブライ12:1-2)

◇クイズ*****
ユダヤ人退去命令でローマからコリントに移り住み、そこでパウロと出会い協力者となった後、ローマに帰ってローマ教会の中心になった夫妻の妻は誰?(ローマ16章) 1.ルフォス 2.フェベ 3.プリスカ 4.ユリア

<聖書リンク>https://www.bible.com/ja/bible/81/ROM.2.ja1955(口語訳)

日々の御言葉*5月23日

日々の御言葉 5/23
○今日のタイトル:福音の力
○通読箇所:ローマ1章

◇今日の聖句*****
キリスト・イエスの僕、神の福音のために選び出され、召されて使徒となったパウロから、――この福音は、神が既に聖書の中で預言者を通して約束されたもので、御子に関するものです。御子は、肉によればダビデの子孫から生まれ、聖なる霊によれば、死者の中からの復活によって力ある神の子と定められたのです。この方が、わたしたちの主イエス・キリストです。わたしたちはこの方により、その御名を広めてすべての異邦人を信仰による従順へと導くために、恵みを受けて使徒とされました。……わたしは福音を恥としない。福音は、ユダヤ人をはじめ、ギリシア人にも、信じる者すべてに救いをもたらす神の力だからです。

◇ひとくち解説*****
今日から「ローマの信徒への手紙」を読んでいきます。宗教改革者マルティン・ルターはこの手紙を「新約聖書中もっとも重要な書簡」と呼び、愛しました。この手紙は、パウロがコリント滞在中(エルサレムを経由してローマに行く前)に、まだ見ぬローマの教会の人々に宛てて書かれたものです。
冒頭では、自己紹介として、自らを「福音のために選ばれた使徒」と名乗り、開口一番、福音とは何かを伝えます。その福音とは「御子に関するもの」、つまり主イエス・キリストそのものなのだと言います。福音そのものであるキリストとの人格的な出会いには、「信じる者すべてに救いをもたらす神の力」があるのです。

◇クイズ*****
この手紙をパウロに代わって筆記した人物とは?(16:22)
1.テルティオ 2.フェベ 3.シルワノ 4.マルコ

<聖書リンク>https://www.bible.com/ja/bible/81/ROM.1.ja1955(口語訳)

日々の御言葉*5月22日

日々の御言葉 5/22
○今日のタイトル:ローマでの宣教
○通読箇所:使徒言行録28章

◇今日の聖句*****
「だから、このことを知っていただきたい。この神の救いは異邦人に向けられました。彼らこそ、これに聞き従うのです。」パウロは、自費で借りた家に丸二年間住んで、訪問する者はだれかれとなく歓迎し、全く自由に何の妨げもなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストについて教え続けた。

◇ひとくち解説*****
困難な船旅の末、パウロはついにローマにたどりつきます。ローマでは番兵を一人つけられましたが、自分だけで住むことを許されました。三日後、パウロはローマ在住のユダヤ人たちに、さらには異邦人にも福音を伝えはじめます。丸2年間、パウロは神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストを証し続けました。
さて、丁重な序文で始まった使徒言行録でしたが、結びの言葉はなく、唐突に終わっています。この書を読む人に、「使徒言行録」は終わっていない…という印象を与えます。著者は、読者が、使徒たちの働きを受け継ぎ、「続編」を記していくことを期待しているかのようです。エルサレムからローマに達した福音は全世界に到り、今もう一度、エルサレムに返されようとしています。使徒言行録の次のページはわたしたちの手に委ねられているのです。

◇クイズ*****
パウロの一行が上陸したナポリ湾に面する港は?
1.シラクサ 2.レギオン 3.プテオリ 4.タベルネ

<聖書リンク>https://www.bible.com/ja/bible/81/ACT.28.ja1955(口語訳)

日々の御言葉*5月21日

日々の御言葉 5/21
○今日のタイトル:暴風に襲われる
○通読箇所:使徒言行録27章

◇今日の聖句*****
幾日もの間、太陽も星も見えず、暴風が激しく吹きすさぶので、ついに助かる望みは全く消えうせようとしていた。……そのとき、パウロは彼らの中に立って言った。「皆さん、……元気を出しなさい。船は失うが、皆さんのうちだれ一人として命を失う者はないのです。わたしが仕え、礼拝している神からの天使が昨夜わたしのそばに立って、こう言われました。『パウロ、恐れるな。あなたは皇帝の前に出頭しなければならない。神は、一緒に航海しているすべての者を、あなたに任せてくださったのだ。』ですから、皆さん、元気を出しなさい。わたしは神を信じています。わたしに告げられたことは、そのとおりになります。」

◇ひとくち解説*****
かつて主が「ローマでも証しをしなければならない」(23:11)と言われたように、パウロを乗せた船はローマに向かって出発します。季節は秋で、嵐のシーズンでした。パウロが懸念した通り、船は暴風に巻き込まれ、漂流し、人々は死を覚悟しました。そんな彼らにパウロは神の言葉を語り励ましました。こうしてパウロの言った通り、船は大破したものの全員の命が助かったのです。
「太陽も星も見えず」ということは、方角が全く分からない絶望状態でした。そのような中で囚人であるパウロが「星のように輝き」(フィリピ2:15)人々に希望を与えました。わたしたちの人生にも暴風が吹き、行き先を見失ってしまうことがあります。そんなとき、「家庭」という船、「学校」という船、「職場」という船の中で、内におられるキリストの輝きをもって、希望を与える存在となることができますように。

◇クイズ*****
パウロたちを襲ったクレタ島から吹き下ろす暴風は、何と呼ばれていましたか?
1.エウラキロン 2.ハムシン 3.ツールリエロ 4.ハリケーン

<聖書リンク>https://www.bible.com/ja/bible/81/ACT.27.ja1955(口語訳)

日々の御言葉*5月19日

日々の御言葉 5/19
○今日のタイトル:皇帝への上訴
○通読箇所:使徒言行録25章

◇今日の聖句*****
パウロは、「私は、ユダヤ人の律法に対しても、神殿に対しても、皇帝に対しても何も罪を犯したことはありません」と弁明した。しかし、フェストゥスはユダヤ人に気に入られようとして、パウロに言った。「お前は、エルサレムに上って、そこでこれらのことについて、わたしの前で裁判を受けたいと思うか。」パウロは言った。「……よくご存じのとおり、私はユダヤ人に対して何も悪いことをしていません。もし、悪いことをし、何か死罪に当たることをしたのであれば、決して死を免れようとは思いません。しかし、この人たちの訴えが事実無根なら、だれも私を彼らに引き渡すような取り計らいはできません。私は皇帝に上訴します。」

◇ひとくち解説*****
24-25章ではパウロは囚われの身であり、2年間、何も物事が進んでいないように見えます。しかし、神の御手は見えないところで働き、パウロが世界帝国の中心地ローマで福音をのべ伝えることができるようにと道を整えられるのです。
カイサリア駐在ローマ総督はフェリクスからフェストゥスに変わり、それをきっかけに再び祭司長たちはパウロ殺害を画策します。パウロにとって、福音のために命を投げ出すことは本望でしたが、ローマ皇帝への上訴を申し出ました。それは保身のためではなく、ローマ宣教の足がかりとするためでした。
人間の目には神の業が何も起こっていない無駄な時間のように思えても、それは主のご計画の一部であり、将来の希望への準備期間なのです。わたしたちも主が用意される道を見逃すことがないように、主との一致を深めましょう。

◇クイズ*****
聖書にその名は記されていませんが、パウロが上訴しようとした皇帝は誰?(後にキリスト教に対して大迫害を行う皇帝です。)
1.アウグストゥス 2.ティトゥス 3.ネロ 4.ティベリウス

<聖書リンク>https://www.bible.com/ja/bible/81/ACT.25.ja1955(口語訳)