日々の御言葉 3月7日

日々のみ言葉 3月7日
○今日のタイトル 新しい契約
○通読箇所 エレミヤ31章

◇今日の聖句
わたしがイスラエルの家と結ぶ契約はこうである──主のことば──。わたしは、わたしの律法を彼らのただ中に置き、彼らの心にこれを書き記す。

◇ひとくち解説
31章はエレミヤ書の頂点です。30:22で示された「あなたがたはわたしの民となり、わたしはあなたがたの神となる」という関係が、どのような契約のもとに成立するのかが記されています。
その契約の基盤となっているのが、「永遠の愛をもって、わたしはあなたを愛した。」(31:3)という主の真実の愛です。その愛のゆえに主はイスラエルの「父」(9節)であり、「牧者」(10節)であられます。大切な子イスラエルが受けた苦しみのゆえに、「わたしのはらわたは彼のためにわななき、わたしは彼をあわれまずにはいられない」(20節)と主は言われます。この主の深い憐れみが新しい創造を生みます(22節)。それは単にバビロン捕囚からの解放ということを超えた「新しい契約」の締結でした。その契約は、石の板にではなく彼らの心に書き記されます。心の核心で体験的に主を知り、罪が取り除かれ「みな主の聖なるものとされ」(31:40)るのです。
主イエスは最後の晩餐の席上で、「この杯は、あなたがたのために流される、わたしの血による、新しい契約です。」(ルカ22:20)と宣言されました。十字架に示された永遠の愛によって、民は新契約へと入れられるのです。「キリストは新しい契約の仲介者です。」(ヘブル9:15)

◇クイズ
2コリント3:6では新しい契約に仕える者を、何に仕える者と言い換えていますか?1.文字 2.恵み 3.御霊

日々の御言葉 3月6日

日々のみ言葉 3月6日
○今日のタイトル 回復させる
○通読箇所 エレミヤ29-30章

◇今日の聖句
あなたがたがわたしを捜し求めるとき、心を尽くしてわたしを求めるなら、わたしを見つける。わたしはあなたがたに見出される

◇ひとくち解説
26-29章では、エレミヤが最後の瞬間まで主のことばを語り続けたにもかかわらず、拒絶されたことが記されており、34-35章では、ついにエルサレムが包囲され陥落したことが記されています。この最暗黒の真ん中、30-33章に、主はイスラエルに将来と希望を与える計画を示されます。
この奇跡的な回復はすでにモーセによって申命記30章において予告されていたものでした。 かつてなく今後もないような<ヤコブの苦難の時>、主はその中からイスラエルを救われます。(30:7)
「わたしがあなたとともにいて」(30:11)という約束は、エレミヤ自身も召命を受けた時に与えられたものでした(1:8)。この言葉は、主がその者に使命を与えるとき、それを果たす力をも与えることを保証するものです。
回復され、建て直された民は、「いのちをかけて主に近づく者」であるメシアに従い、預言者の民、祭司となって主の栄光を現す使命を果たすのです。
こうして、契約の核心が実現します。「あなたがたはわたしの民となり、わたしはあなたがたの神となる。」(30:22)と。

◇クイズ
29章で、エレミヤの希望の手紙をバビロンにいる捕囚の民に届けた使者はエルアサと誰?1.ゼデキヤ 2.ゲマルヤ 3.シェマヤ

日々の御言葉 3月3日

日々のみ言葉 3月3日
○今日のタイトル 良いいちじく
○通読箇所 エレミヤ23-24章

◇今日の聖句
わたしは、わたしが主であることを知る心を彼らに与える。彼らはわたしの民となり、わたしは彼らの神となる。彼らが心のすべてをもってわたしに立ち返るからである。

◇ひとくち解説
21:1-23:8には王たちに、23:9-40では偽預言者たちに、24:1-25:38では民に対して、糾弾のことばが告げられます。 彼らの罪はあまりにも深く、「それゆえ、見よ、わたしはあなたがたを全く忘れ、…捨てて、…永遠の侮辱をあなたがたに与える。」(23:39-40)と主は言われます。
それでも主は、24章でそのあわれみのゆえに、バビロンに捕囚となる民を「良いいちじくのように見なそう」と告げられます。そして、再び約束の地に帰し「彼らを幸せにしようと彼らに目をかける」(24:6)と約束されます。
偽預言者たちは、主の名によって偽りを預言し(23:25)、民に主の名を忘れさせようと企み(23:27)ましたが、その企ては、くつがえされます。「わたしは、わたしが主であることを知る心を彼らに与える。」(24:7)…主の御名が民の心に刻まれ、彼らは「心のすべてをもって」主に立ち返るのです。
マルコ11章で、イエスは実のならないいちじくを根元から枯らせました。それは、異邦人によって蹂躙されるエルサレムを暗示するものでした。しかし、その枯れたいちじくを前にしてなお、主は弟子たちを励まされます。「神を信じなさい」(マルコ11:12)と。主の約束がことごとく実現することを待ち望み、祈りたいものです。

◇クイズ
23:29で主のことばは「火」と何に例えられていますか?1.岩 2.風 3.金槌

日々の御言葉 3月1日

日々のみ言葉 3月1日
○今日のタイトル 燃えさかる火
○通読箇所 エレミヤ19-20章

◇今日の聖句
主のことばは私の心のうちで、骨の中に閉じ込められて、燃えさかる火のようになり、私は内にしまっておくのに耐えられません。

◇ひとくち解説
11章からたびたびエレミヤは預言者として葛藤を告白してきました。19章では、ユダとエルサレムは取り返しのつかない破壊を体験すると預言します。その預言のゆえにエレミヤは打たれ、足かせに繋がれました(20:2)。
20:7から、エレミヤは苦しい心の内を主に打ち明けます。主のことばのゆえに迫害を受けているのに、主が守ってくださらない。それなのに、主のことばが体の中で燃えさかる火のようになって、黙することは許されない。…その苦しみは、与えられた召命さえも疑い「主よ。あなたが私を惑わしたので、私はあなたに惑わされました」(20:7)というほどでした。エレミヤはあえぎながらなお言います。「しかし、主は私とともにいて」(11節)と。それこそは、最初に召し出されたときの主の約束でした。(1:19)
ペテロとヨハネも、イエスの名によって語ってはならないと脅された時言いました。「私たちは、…話さないわけにはいきません」(使徒4:20)と。神のことばは、彼らのうちにあっても炎のように燃え上がっていたのです。彼らは脅しを取り去ってくださいとは祈らず、こう願います。「あなたのみことばを大胆に語らせてください。…イエスの名によって、…行わせてください。」(同4:29)こうして「御名のために辱められるに値する者とされたことを喜びながら…宣べ伝えることをやめなかった」人々によって、福音は受け継がれてきたのです(同5:41-42)。

◇クイズ
今日はお休み

日々の御言葉 2月28日

日々のみ言葉 2月28日
○今日のタイトル キリストの身丈
○通読箇所 エペソ3-4章

◇今日の聖句
私たちはみな、神の御子に対する信仰と知識において一つとなり、一人の成熟した大人となって、キリストの満ち満ちた身丈にまで達するのです。

◇ひとくち解説
1章で示された「一切のものが、キリストにあって、一つに集められる」という奥義は、2章において鮮やかにあらわされました。3章では、「キリスト・イエスにあって、異邦人も共同の相続人になり、ともに同じからだに連なって、ともに約束にあずかる者になる」(3:6)という使命のために、苦難を甘受するパウロ自身の姿と、彼の崇高な祈りとが記されています。
4章からは、「キリスト・イエスにあって…ともに同じからだに連なって」ということが、実際の生活で何を意味するのかが具体的に示されていきます。確かに私たちは、キリストのからだに連なる者とされて、約束の相続人とされました。そのことは「約束の聖霊によって証印を押され」(1:13、4:30)保証されています。その約束を、召しにふさわしく歩むことで、自分のものとして受け取っていくことが大切です。
2:10の「私たちは神の作品」が、ここでは「キリストの満ち満ちた身丈にまで達する」(4:13)という言葉で言い換えられます。愛であられるキリストに連なるとき「霊と心において新しくされ続け、真理に基づく義と聖をもって、神にかたどり造られた新しい人を着る」ことができます(4:23-24)。古い人を脱ぎ捨てて、聖霊による新創造に委ねることが、約束にあずかった者の責任です。

◇クイズ
3:1でパウロは自分のことを、キリスト・イエスの何と呼んでいますか?1.使徒 2.同労者 3.囚人

日々の御言葉 2月27日

日々のみ言葉 2月27日
○今日のタイトル 私たちは神の作品
○通読箇所 エペソ2章

◇今日の聖句
神はまた、キリスト・イエスにあって、私たちをともによみがえらせ、ともに天上に座らせてくださいました。

◇ひとくち解説
一章でパウロは「一切のものが、キリストにあって、一つに集められる」という壮大な霊的祝福について記し、私たち(ユダヤ人)とあなたがた(異邦人)の両方が「キリストのからだ」として招かれていると記しました。
2:1-10は、ギリシャ語では長い一続きの文です。前半の1-3節では、あなたがたは「罪の中に死んでいた者」「生まれながら御怒りを受けるべき子」であったという絶望が語られます。その暗闇に4節で突然光が輝きます。「しかし、あわれみ豊かな神は」(4節)と。この「しかし」はすべてをくつがえします。絶望の暗黒は一転し、「大きな愛」に照らし出されて、<キリスト・イエスにあって…ともによみがえらせ、ともに天上に座らせてくださいました>という、この文の頂点へと至ります。この救いは、ただ「恵みのゆえに、…信仰によって」実現するのであり、「行いによるのではありません。」(8-9節)そのことを、パウロは「私たちは神の作品」と言い換えます。救いの完成は私たちの努力が創り出す作品ではないのです。
1-10節で福音の核心を一気に記したパウロは、再び「キリストにあって、一つに集められる」というテーマに戻ります。この恵みのゆえに、異邦人もユダヤ人も「キリストにあって、ともに築き上げられ、御霊によって神の御住まいとなる」(22節)と。

◇クイズ
2:20で、キリストは何に例えられていますか?1.石 2.水 3.光

日々の御言葉 2月24日

日々のみ言葉 2月24日
○今日のタイトル 御霊の実
○通読箇所 ガラテヤ5章

◇今日の聖句
私たちは、御霊によって生きているのなら、御霊によって進もうではありませんか。

◇ひとくち解説
律法の奴隷から、神の子どもとされたということは、「自由の女の子ども」(4:31)となったということです。
こうして聖霊によって与えられた「自由」は、すべての律法が目指していた目的へと、律法によらずして導いていきます。それは「あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい」(14節)という到達点です。
それは、肉のわざによって努力して勝ち取るのではありません。 「御霊によって導かれ」「御霊によって歩」むことで、植物が実をつけるように、自然に実るのです。
「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。」(ヨハネ14:6)と言われる「キリスト・イエスにつく者は」(24節)、多くの御霊の実を結びます。こうして、律法の「すべてが実現します。」(マタイ5:18)
私たちは、御霊によって生きているのなら、御霊によって進もうではありませんか。」(25節)「私たちはみな、…栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられていきます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです。」(2コリント3:18)

◇クイズ
5:22-23に挙げられている9つの御霊の実のうち、4番目は何?1.善意 2.柔和 3.寛容

日々の御言葉 2月23日

日々のみ言葉 2月23日
○今日のタイトル 約束の子ども
○通読箇所 ガラテヤ4章

◇今日の聖句
神は「アバ、父よ」と叫ぶ御子の御霊を、私たちの心に遣わされました。

◇ひとくち解説
4章では、ガラテヤの人々がどのように神の子どもとされたかを思い起こさせようとします。
かつて彼らは「神ではない神々の奴隷」(8節)でした。しかし、「神は『アバ、父よ』と叫ぶ御子の御霊を」与え、キリストと連なることで神の子どもとし、相続人としてくださったのです。今また、律法の束縛に戻るということは、子としての特権を放棄して、再び奴隷の身分になるということなのだと、パウロは言います。
アブラハムに約束の子イサクが与えられたのは、人間の計画や努力によるのではなく、ただ一方的な神の恵みと、全能の力によるものでした。同様に、ガラテヤの人たちが神の子どもとされたのも、奇跡的な恵みによることでした(13節)。その幸いを放棄し、律法に依存しようとしている人々に、パウロは悲痛な思いで訴えます。「あなたがたのうちにキリストが形造られるまで、私は再びあなたがたのために産みの苦しみをしています」(19節)と。 私たちも、神の子どもとされた恵みにとどまり続けたいものです。
この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとなる特権をお与えになった。この人々は、…ただ、神によって生まれたのである。」(ヨハネ1:12-13)「私たちが神の子どもと呼ばれるために、御父がどんなにすばらしい愛を与えてくださったかを、考えなさい。」(1ヨハネ3;1)

◇クイズ
4:22のアブラハムの二人の息子とは、イサクと誰のこと?1.エサウ 2.イシュマエル 3.ヨセフ

日々の御言葉 2月22日

日々のみ言葉 2月22日
○今日のタイトル 信仰によって
○通読箇所 ガラテヤ3章

◇今日の聖句
キリストは、ご自分が私たちのためにのろわれた者となることで、私たちを律法ののろいから贖い出してくださいました。

◇ひとくち解説
1章後半から2章まで、パウロは自分がどのようにして「キリストの福音」(1:7)を体験したのかを証言しました。その結論として「私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです」(2:19-20)と宣言します。パウロが今生きているのは「私を愛し、私のためにご自分を与えてくださった、神の御子に対する信仰」によるのです。十字架の救いがなければ、存在しえない自分の姿を通して、ガラテヤの人々に「十字架につけられたイエス・キリストが、目の前に描き出された」(3:1)とパウロは言います。
3章で、この「私」の体験は、「私たち」の体験だと、とパウロはガラテヤ教会に語りかけます。「キリストは、ご自分が私たちのためにのろわれた者となることで、私たちを律法ののろいから贖い出してくださいました」(13節)と。アブラハムへの祝福の約束は、律法によるのではなく、イエス・キリストというただお一人の「子孫」を通して、与えられる恵みなのです。
「キリスト・イエスにあって」(26、28節)「キリストにつく」(27節)「キリストのもの」(29節)…約束の御霊によってキリストと一体となること…それが「キリストの福音」を生きるということです。

◇クイズ
24節でパウロは律法を何係と呼んでいますか?1.監視係 2.養育係 3.給仕係

日々の御言葉 2月20日

日々のみ言葉 2月20日
○今日のタイトル キリストの福音
○通読箇所 ガラテヤ1章

◇今日の聖句
キリストは、今の悪の時代から私たちを救い出すために、私たちの罪のためにご自分を与えてくださいました。

◇ひとくち解説
この手紙は、ガラテヤ地方の複数の教会に宛てた手紙です。この地方でのパウロの宣教は使徒の働き13-14章に記されています。しかしその後、教会は「急に離れて」「ほかの福音」に移っていこうとしていました。それは、かつてイスラエルの民が律法によって他の民と区別されていたように、クリスチャンも、律法を守ることで主に属するものとなるという教えでした。そのために、異邦人クリスチャンに割礼を受けることを強要し始めたのです。
パウロは深い驚きと嘆きをもって手紙を送ります。「キリストは、今の悪の時代から私たちを救い出すために、私たちの罪のためにご自分を与えてくださいました。」(4節)それ以外に福音はないのです。「キリストの恵みによって召してくださった」(6節)という以外に、私たちを罪の束縛から解放し、世から区別するものは何もありません。パウロは、どのようにしてこの福音が自分に与えられたのかを記します。「母の胎にあるときから私を選び出し、恵みをもって召してくださった(15節)」と。福音は人間によるのではなく、神の一方的な恵みによるのです。「キリストの福音」(7節)にとどまりたいものです。

◇クイズ
1:17によると、ダマスコでの回心体験の後、パウロはどこに行きましたか?1.エルサレム 2.アラビア 3.タルソ