日々の御言葉 1月5日

日々のみ言葉 1月5日
○今日のタイトル 箱舟に入りなさい
○通読箇所 創世記6-7章

◇今日の聖句
わたしはあなたと契約を結ぶ。あなたは、息子たち、妻、それに息子たちの妻とともに箱舟に入りなさい。

◇ひとくち解説
天地創造後の「見よ、それは非常に良かった」(1:31)という状態は、今、人類の悪のために「見よ、それは堕落していた」(6:12)となっていました。神は心を痛め、「闇が大水の面」(1:2)にあった最初の状態に戻して、天地を再創造されることを望まれたのです。人類だけでなく、動物さえも大水で滅ぼされるはずでした。しかし主は、「神と共に歩む」ノアのゆえに、その家族とすべての生き物とに救いの道を残されたのです。巨大で堅牢な「箱舟」は、神の慈しみと加護の性質をよく表しています。
ところで、この「箱舟תֵּבָה」という語は、聖書の中でもう一か所、嬰児モーセを救うために、水に浮かべられた「かご」にも使われています(出2:3)。このようにして<水(死)を通って命を得る>という再創造は、繰り返されていくのです。イスラエルの民も紅海とヨルダン川を渡って約束の地に入りました。この救いは最終的にキリストの死と復活によって与えられる「聖霊のバプテスマ」によって完成します。(エゼ36:25、ローマ6:4、1ペテロ3:20)『箱舟物語』は人類再創造計画のための、神の側からの最初のアクションなのです。
6:8 וְנֹחַ מָצָא חֵן בְּעֵינֵי יְהוָֽהは直訳では「ノアは主の眼に恵みを見出した」となります。今日も主の瞳に宿る恵みの光を見ることができますように。

◇クイズ
洪水が起こったときノアは何歳でしたか?
1.60歳 2.300歳 3.600歳

日々の御言葉 1月4日

日々のみ言葉 1月4日
○今日のタイトル 主の名を呼ぶ
○通読箇所 創世記4-5章

◇今日の聖句
セツにもまた、男の子が生まれた。セツは彼の名をエノシュと呼んだ。そのころ、人々は主の名を呼ぶことを始めた。

◇ひとくち解説
最初の出産の苦しみを経て「主によって」カインを得たエバの喜びと驚きは、やがて、カインによる弟アベルの殺害という悲劇へと変わります。カインは両親を離れ、さすらいの地へと向かいます。二人の子を失ったアダムとエバは言い知れぬ虚無感と共に、自分たちの過ちの大きさを痛いほど知らされたことでしょう。
そのような彼らに、主はセトという第三の男の子を授けられました。セトという名は「置く」という意味ですが、神はここに、救い主誕生に至る壮大な家系の基礎を据えられます。(ルカ3:23-38)それは人類の選択ではなく、「我らの神の憐れみの心による」(ルカ1:78)ものでした。
その恵みに対して、人類は一つの方法をもって神にこたえます。セトの子エノシュの時代にアダム家の「人々は主の名を呼ぶことを始め」(4:26)たのです。こうして「主の名を呼ぶ」礼拝が始まりました。アダムとエバはエデンの園での神との交わりを思い起こしながら、セトとエノシュの親子は、まだ見ぬ神に対する信仰をもって、共に主の名を呼んだことでしょう。
私たちはあなたから離れ去りません。私たちを生かしてください。私たちはあなたの御名を呼び求めます。」(詩編80:18)

◇クイズ
アダムからノアまでは何代?
1.7代 2.10代 3.14代

日々の御言葉 1月3日

日々のみ言葉 1月3日
○今日のタイトル 主の御顔を避けて
○通読箇所 創世記3章

◇今日の聖句
そよ風の吹くころ、彼らは、神である主が園を歩き回られる音を聞いた。それで人とその妻は、神である主の御顔を避けて、園の木の間に身を隠した。

◇ひとくち解説
神のかたちに造られた人類が、「不従順」によって、罪をもつようになった記事です。
エバは、神のご命令(2:16-17)を直接聞いたのではなく、アダムから間接的に知りました。そのあいまいさに蛇が付け込んだのです。蛇の最初の質問は「園の木のどれからも」と複数で尋ね、Yes,Noで答えられないグレーなものでした。その狡猾な問いに対し、女は「触れてもいけない」という<命じられていないこと>を付け加え、<必ず死ぬ>という神の言葉から割り引いて<死ぬといけない>と答えました。御言葉を軽んじることは、神を軽んじることと同じです。蛇の誘惑の前からすでに人は神を軽視していたということです。み言葉を正確に伝えなかったアダムの責任でもあります。
そのような彼らの心に蛇は「神のようになって」という誘惑を仕掛けました。こうして、人は神のご命令に背き、その心には恥と罪悪感と恐れが生まれ、「主の御顔を避けて…身を隠し」ました。結果、「アダムによってすべての人が死ぬことに」(1コリント15:21)なりました。
ところで、人は神との関わりを避けようとしましたが、神の側では人との関わりの継続を切望されました。「どこにいるのか」(9節)と尋ね求め、「皮の衣」(21節)を着せ、最初の「救いの約束」(15節)を与えられたのです。ここに一方的な神の愛があります。ここから聖書全巻に及ぶ、<愛の物語>が始まるのです。

◇クイズ
お休み

日々の御言葉 1月1日

日々のみ言葉 1月1日
○今日のタイトル 光、あれ。
○通読箇所 創世記1章

◇今日の聖句
神は仰せられた。「光、あれ。」すると光があった。神は光を良しと見られた。神は光と闇を分けられた。

◇ひとくち解説
今日からまた3年かけて旧約聖書1回、新約聖書2回を通読していきます。今回は<新改訳2017>で読み進めます。
神は最初の創造物として光を造られました。だからでしょうか?光は被造物でありながら、神のご性質を最もよく現わすものとして聖書に登場します。神は「光の中におられる」(1ヨハネ1:7)お方であり、比喩として「主はわたしの光」(詩編27:1)、「神は光」(1ヨハネ1:5)とまで表現されます。 光をもって天地創造を始められたお方は、私たちを新創造するために『世の光』である御子キリストをお与えになりました。わたしたちもまた「世の光」となるためです。
『闇から光が輝き出よ』と命じられた神は、わたしたちの心の内に輝いて、イエス・キリストの御顔に輝く神の栄光を悟る光を与えてくださいました。」(2コリント4:6)<わたしの心にも「光、あれ。」>そう祈りながら、この一年をスタートします。

◇クイズ
お休み

日々の御言葉 12月31日

日々のみ言葉 12月31日
○今日のタイトル 何の妨げもなく
○通読箇所 使徒28章

◇今日の聖句
パウロは、自費で借りた家に丸二年間住んで、訪問する者はだれかれとなく歓迎し、全く自由に何の妨げもなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストについて教え続けた。https://www.bible.com/bible/1819/ACT.28.新共同訳

◇ひとくち解説
すでに見てきたように、パウロは思いもよらぬ方法で都ローマに到着しました。そこで護衛付きで一人で住むことが許されたのです。今までのように街角や会堂に立って語るという方法は制限されていたかもしれません。しかし今、彼を訪問する人々に伝えるとう方法で、「全く自由に何の妨げもなく」(31節)福音を宣べ伝え続けるのです。実際この方法でなければ、「皇帝の家の人たち」(フィリピ4:22)にまでキリストを証することはできなかったでしょう。
私たちも今、福音宣教に大きな制約を受けているように見えます。けれども、「折が良くても悪くても」(2テモテ4:2)、主は必ず道を備え「少しもはばかることなく、また妨げられることもなく」(31節新改訳2017)キリストを伝える方法を備えてくださいます。私たちもやがてこう言うでしょう。「わたしの身に起こったことが、かえって福音の前進に役立った」と。(フィリピ1:12)

◇クイズ
パウロに父親の病気を癒してもらったマルタ島の長官の名は? 1.プブリウス 2.ディオスクロイ 3.ユリウス

日々の御言葉 12月30日

日々のみ言葉 12月30日
○今日のタイトル 元気を出しなさい
○通読箇所 使徒27章

◇今日の聖句
「皆さん、元気を出しなさい。わたしは神を信じています。わたしに告げられたことは、そのとおりになります。」
https://www.bible.com/bible/1819/ACT.27.新共同訳

◇ひとくち解説
囚人パウロのローマへの護送が始まります。舟は冬の風に行く手を阻まれますが、「人々は望みどおりに事が運ぶと考えて錨を上げ」(13)ます。根拠のない楽観的な希望は、暴風によって打ち砕かれました。「太陽も星も見えず」(20節)絶望の暗闇に閉ざされた船の上で、希望の星と輝いたのはパウロでした。「皆さん、元気を出しなさい。」(25節)と励まします。その落ち着きはどこから来るのでしょうか。
第一に「わたしは神を信じています。」(25節)主イエス・キリストこそ永遠に変わらない希望の源です。
第二に「わたしに告げられたことは、そのとおりになります。」それは皇帝の前に出頭しキリストを証するという使命です。この嵐さえも使命のために神が立てられた計画の一部だと信じたのです。
この希望に基づいて、パウロは皆に「どうぞ何か食べてください」(34節)と勧めます。できないことばかりを見ず、目の前のすべきことに目を向けさせたのです。私たちもこの嵐の時代にパウロのように輝きたいものです。

◇クイズ
舟にいたすべての人が無事に上陸することになりますが、それは何人でしたか? 1.72人 2.153人 3.276人

日々の御言葉 12月29日

日々のみ言葉 12月29日
○今日のタイトル 光を語り告げる
○通読箇所 使徒26章

◇今日の聖句
私は、メシアが苦しみを受け、また、死者の中から最初に復活して、民にも異邦人にも光を語り告げることになると述べたのです。
https://www.bible.com/bible/1819/ACT.26.新共同訳

◇ひとくち解説
かつてアナニアは、主からパウロについてこのように聞きました。「行け。あの者は、異邦人や王たち、またイスラエルの子らにわたしの名を伝えるために、わたしが選んだ器である。」(使徒9:15)
その言葉通り今、パウロは、王たち…総督フェストゥスとアグリッパ王の前で、復活のキリストを大胆に証します。豪華な衣装をまとった上流階級の人々を前にしても彼は臆しません。なぜなら、そのようなきらびやかさが色あせるような、太陽より明るく輝くキリストの御顔を見(13節)、彼自身が内に命の光をもっていたからです。パウロは光の側に立ち、「闇から光に…立ち帰らせ…恵みの分け前にあずかるように」(18節)彼らを招きました。
「メシアが…民にも異邦人にも光を語り告げる」(23節)という表現は印象的です。パウロを光へと招かれたイエスは今日も私たちを招かれます。「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ。」(8:12)と。

◇クイズ
ここに登場するアグリッパ王は、ヘロデ大王の何にあたりますか? 1.子 2.孫 3.ひ孫

日々の御言葉 12月28日

日々のみ言葉 12月28日
○今日のタイトル 皇帝のもとに
○通読箇所 使徒25章

◇今日の聖句
このイエスが生きていると、パウロは主張しているのです。
https://www.bible.com/bible/1819/ACT.25.新共同訳

◇ひとくち解説
エルサレムで捕縛されたパウロは総督フェリクスの監視のもと2年もの間監禁されました。総督がフェストゥスに変わっても反対者たちは執拗にパウロ抹殺を企てます。パウロはやむなくローマ皇帝に上訴します。
かつて主は、パウロのそばに立って言われました。「勇気を出せ。エルサレムでわたしのことを力強く証ししたように、ローマでも証しをしなければならない。」(使徒23:11)パウロもまた「ローマにいるあなたがたにも、ぜひ福音を告げ知らせたい」(ローマ1:15)と切望していました。
帝国の都ローマにおいて「生きておられるキリスト」を証するという使命は、「皇帝への上訴」という思いもよらぬ形で実現します。ローマ兵に護衛され、ローマの国費でローマに向かうことになると、誰が想像し得たでしょうか。
神はご自分の計画を思いもよらない方法で実現されるお方です。主は言われます。「天が地を高く超えているように、わたしの道は、あなたたちの道を、わたしの思いは、あなたたちの思いを、高く超えている。」(イザヤ55:9)

◇クイズ
パウロは2年間どこで監禁されていましたか? 1.カイサリア 2.エルサレム 3.ローマ

日々の御言葉 12月25日

日々のみ言葉 12月25日
○今日のタイトル エジプトに逃げ
○通読箇所 マタイ2:13-23

◇今日の聖句
「起きて、子供とその母親を連れて、エジプトに逃げ、わたしが告げるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデが、この子を探し出して殺そうとしている。」 https://www.bible.com/bible/1819/MAT.2.新共同訳

◇ひとくち解説
暴君ヘロデ王は、幼子イエスの命を奪うため、恐ろしい計画を立てました。ベツレヘムに住む2歳以下の子どもを皆殺しにするというものでした。ヨセフはマリアとイエスを伴い、エジプトへと逃れます。「言は、自分の民のところへ来たが、民は受け入れなかった」(1:11)のです。
主がこの苦難を受けられたのは、わたしたちが、拒絶され、疎まれ、孤独を味わい、財産も仕事も失って、行く先の見えない暗い旅路を行くときに、共にいてくださるためです。
それはまた、イスラエル民族の苦難を共に負うためでもありました。<兄弟に売られたヨセフの旅><出エジプトの旅>はかつて民が背負った苦難でした。その苦難の道を共に歩み、民を「神の国」へと導く<新しいヨシュア>として、イエスは旅の先頭に立ってくださるのです。「天の国は近づいた」と。(4:17)

◇クイズ
ヘロデの後を継いでユダヤを支配したのは? 1.アルケラオ 2.アンティパス 3.アグリッパ

日々の御言葉 12月24日

日々のみ言葉 12月24日
○今日のタイトル 拝みに来た
○通読箇所 ルカ2:8-21

◇今日の聖句
「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」 https://www.bible.com/bible/1819/MAT.2.新共同訳

◇ひとくち解説
東方の博士たち来訪の記事は、マタイ福音書の結論をすでに内包しているように見えます。ここで告げられるメッセージは、世に来られた「ユダヤ人の王」こそ、万民がひれ伏して<拝むπροσκυνέω>べき神の子であるというというものでした。
やがて十字架の上に「ユダヤ人の王」という称号が掲げられるとき(27:37)、ふたたび異邦人である百人隊長が「本当に、この人は神の子だった」(27:54)と信仰を吐露します。さらに弟子たちが、復活され、天と地の一切の権能を授かっているキリストの前に<ひれ伏しπροσκυνέω>て(28:17)、この福音書は完結するのです。
東方の博士を星をもって招かれた神は、わたしたちを神の子への礼拝へと招いておられます。それに応じて救い主のもとへと向かうとき、私たちの心にも、この上ない喜びがあふれるでしょう。(2:10)

◇クイズ
今日はお休み