日々の御言葉 7月24日

日々のみ言葉 7月24日
○今日のタイトル 行き先も知らずに
○通読箇所 ヘブライ11章

◇今日の聖句
信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです。… 信仰がなければ、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神が存在しておられること、また、神は御自分を求める者たちに報いてくださる方であることを、信じていなければならないからです。 https://www.bible.com/bible/1819/HEB.11.新共同訳

◇ひとくち解説
前の章でイエスが開かれた「新しい生きた道」を示した著者は、残りの章でその道をどのように歩むべきかを記していきます。
まず11章では、旧約の信仰者たちの歩みを例にあげます。古い契約の時代に生きた彼らは、約束されたものをこの地上で手に入れたわけではなかったにも関わらず、「天の故郷」を熱望し、「はるかにそれを見て喜びの声をあげ」、主に従いました。その道は、同時代の人々からは理解されない、苦難の道でした。しかし、「約束をなさった方は真実な方であると、信じ」(11節)「行き先も知らずに出発し」(8節)、「目に見えない方を見ているようにして、耐え忍」んだ(27節)のです。
行く先の見えない今、これらの信仰の巨人たちの歩みは、わたしたちに何と大きな励ましを与えることでしょうか!

◇クイズ
11章で、旧約の信仰者たちの中で、最初に名前が挙げられているのは誰?
1.ノア 2.アベル 3.アダム

日々の御言葉 7月23日

日々のみ言葉 7月23日
○今日のタイトル 新しい生きた道
○通読箇所 ヘブライ10章

◇今日の聖句
この御心に基づいて、ただ一度イエス・キリストの体が献げられたことにより、わたしたちは聖なる者とされたのです。…イエスは、垂れ幕、つまり、御自分の肉を通って、新しい生きた道をわたしたちのために開いてくださったのです。 https://www.bible.com/bible/1819/HEB.10.新共同訳

◇ひとくち解説
「イエスから、目を離さないでいなさい」をテーマに冒頭から、キリストがどのようなお方か、何をしてくださったのかが記されてきました。10章はその集大成です。
永遠の神でありながら、同時に肉体をもった人であるキリストが、その体をいけにえとして献げられました。そのことによって、私たちを「聖なる者」「永遠に完全な者」とする救いは、成し遂げられたのです。イエスが十字架で息を引き取られた後、「神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂け」(マタイ27:51)、神に至る「新しい生きた道」は開通したのです。
せっかく開通した橋も、知っているだけ、眺めているだけでは、向こう岸へ行くことはできません。だから「わたしを愛し、わたしのために身を献げられた神の子」(ガラテヤ2:20)を信じ、どんな試練にもひるむことなく「信頼しきって、真心から神に近づこうではありませんか。」

◇クイズ
「わたしは道であり、真理であり、命である」とイエスが言われたのは、誰の質問に対してでしたか?(ヨハネ14章)1.フィリポ 2.ペトロ 3.トマス

日々の御言葉 7月22日

日々のみ言葉 7月22日
○今日のタイトル 永遠の贖い
○通読箇所 ヘブライ9章

◇今日の聖句
キリストは…御自身の血によって、ただ一度聖所に入って永遠の贖いを成し遂げられたのです。
https://www.bible.com/bible/1819/HEB.9.新共同訳

◇ひとくち解説
契約の締結には「血」が必要でした。「罪が支払う報酬は死です。」(ローマ6:23)「いのち」という代償なしには、罪は赦されないのです。ですから、キリストがおいでになる前には、毎年おびただしいいけにえの血が流されました。
イエスは最後の晩餐の席上で、杯を取り「この杯は、わたしの血によって立てられる新しい契約である」(1コリント11:25)と宣言され、実際に十字架上に血を流し「永遠の贖いを成し遂げられたのです。」(12節)「わたしたちはこの御子において、その血によって贖われ、罪を赦されました。」(エフェソ1:7)
「恵みの大祭司」(11節)であるキリストがこれほどの代価を支払われたのは、「しみやしわやそのたぐいのものは何一つない、聖なる、汚れのない、栄光に輝く教会を御自分の前に立たせるためでした。」(エフェソ5:27)この目的が、わたしたちの内にあますことなく実現しますように。

◇クイズ
4節に「芽を出したアロンの杖」とありますが、民数記17章では、その芽から何の実がなったと記されていますか?1.アーモンド 2.オリーブ 3.ざくろ

日々の御言葉 7月21日

日々のみ言葉 7月21日
○今日のタイトル 新しい契約
○通読箇所 ヘブライ8章

◇今日の聖句
『それらの日の後、わたしが、イスラエルの家と結ぶ契約はこれである』と、主は言われる。『すなわち、わたしの律法を彼らの思いに置き、彼らの心にそれを書きつけよう。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。』 https://www.bible.com/bible/1819/HEB.8.新共同訳

◇ひとくち解説
5~7章で、キリストが永遠の大祭司であることが示されました。8章からはそのキリストが大祭司として何をなされたのかが記されていきます。
キリストは、「更にまさった契約の仲介者」になられました。契約とは、神様と人間の間で交わされる祝福の約束です。契約は<双方向>の合意であり、決して一方的な命令ではありません。残念なことに人類は、アダムとエバ以来、自由意志を乱用して、神との契約をことごとく反故にし続けてきました。人類を愛される神は、そのたびに契約を更新し、人間との交わりを求められたのです。
そしてついに、決定的な新しい契約を立てられます。「新しい契約」は、人間を外側から変える<律法・文字>に依存しません。<主自らが人の心に宿る>ことが原動力になります。その契約樹立のために、「神は、独り子を世にお遣わしになりました。その方によって、わたしたちが生きるようになるためです。」(1ヨハネ4:9)

◇クイズ
聖書で最初に神が<契約>という言葉を用いられたのは、誰に対してでしたか?(創世記6章)1.アブラハム 2.ノア 3.エノク

日々の御言葉 7月20日

日々のみ言葉 7月20日
○今日のタイトル 永遠に祭司である
○通読箇所 ヘブライ7章

◇今日の聖句
イエスは永遠に生きているので、変わることのない祭司職を持っておられるのです。それでまた、この方は常に生きていて、人々のために執り成しておられるので、御自分を通して神に近づく人たちを、完全に救うことがおできになります。…このいけにえはただ一度、御自身を献げることによって、成し遂げられたからです。 https://www.bible.com/bible/1819/HEB.7.新共同訳

◇ひとくち解説
キリストの優位性について、5章からは「大祭司としてのキリスト」という点で記されています。祭司とは、神には人を与え、人には神を与える架け橋です。しかし、旧約の祭司制度には限界がありました。キリストはその制度の枠を超えた、永遠の祭司です。なぜなら「イエスは永遠に生きている」(24)からです。このお方が、「ただ一度、御自身を献げ」られたことによって、完全な救いが成し遂げられました。
父なる神は、御子がその傷ついた手をあげて執り成し祈る願いを決して退けることはなさいません。「だれがわたしたちを罪に定めることができましょう。…キリスト・イエスが、神の右に座っていて、わたしたちのために執り成してくださるのです。」(ローマ8:34)今日、信仰をもって十字架の御傷を見上げましょう!そこに、永遠に変わらない救いがあります。

◇クイズ
祭司「メルキゼデク」について書かれていますが、アブラムが戦いに勝った後メルキゼデクは何をもってきて祝福しましたか?(創世記14章)1.パンと魚 2.パンとぶどう酒 3.パンと衣

日々の御言葉 7月17日

日々のみ言葉 7月17日
○今日のタイトル 恵みの座に近づこう
○通読箇所 ヘブライ4章

◇今日の聖句
この大祭司は、わたしたちの弱さに同情できない方ではなく、罪を犯されなかったが、あらゆる点において、わたしたちと同様に試練に遭われたのです。だから、憐れみを受け、恵みにあずかって、時宜にかなった助けをいただくために、大胆に恵みの座に近づこうではありませんか。https://www.bible.com/bible/1819/HEB.4.新共同訳

◇ひとくち解説
「信じたわたしたちは、この安息にあずかることができる」(3節)…ヨシュアに導かれて<安息の地>に入ったはずのイスラエルの民でしたが、そこで本当の安息を得ることはできませんでした。一方でキリストは十字架によって、「天地創造の時以来、既に出来上がっていた」(3節)エデンの園の安息――<神が共におられるという安息>を回復してくださいました。
両刃の剣より鋭い神の言葉(12節)を前にして、私たちは何の申し開きもできません。しかし、ただ憐れみに全面的に依存し、恵みの座に近づくとき、信仰によって「神の安息にあずかる」(1節)ことができるのです。
旧約の「契約の箱」の上には<贖いの座>があり(出エジプト25章)、主はそこに臨在を現されました。その<贖いの座>には大祭司のみが恐れながら年に1度だけしか近づくことができませんでした(レビ16章)。しかし<恵みの座>には、キリストを信じる誰もが、大胆に近づくことができるのです。
さあ、今日も、恵みの座に近づき、神の安息を得ましょう!

◇クイズ
黙示録3章でキリストが「自分の座に共に座らせよう」と約束されたのはどの教会でしたか?1.スミルナ 2.エフェソ 3.ラオディキア

日々の御言葉 7月16日

日々のみ言葉 7月16日
○今日のタイトル モーセより大きな栄光
○通読箇所 ヘブライ3章

◇今日の聖句
モーセが神の家全体の中で忠実であったように、イエスは、御自身を立てた方に忠実であられました。家を建てる人が家そのものよりも尊ばれるように、イエスはモーセより大きな栄光を受けるにふさわしい者とされました。https://www.bible.com/bible/1819/HEB.3.新共同訳

◇ひとくち解説
「イエスから、目を離さないでいなさい」(12:2新改訳)をテーマに、1-2章でイエスの神性とメシア性について書いた著者は、3章からキリストの優越性を具体的に記していきます。
まず3章では、イエスを旧約最大の預言者モーセと比較しています。
両者の共通点は「忠実さ」でした。モーセは主の民が危機に瀕した時、破れ口に立ち、自分の永遠の運命と引き換えに神に赦しを請いました。(出32章)一方、イエスは、全人類の罪を負い、「死に至るまで、それも十字架の死に至るまで」忠実であられました。
では、相違点は何でしょうか。それは、イエスこそ「神の家」の建設者であり完成者、主であるという点です。モーセはその家を一時的に預かっていたに過ぎません。イエスも言われました。「モーセは、わたしについて書いている」(ヨハネ5:46)と。
だから今日、どんな試みの荒野にあっても、心をかたくなにせず、「キリストに連なる者」(14節)となり、キリストの御言葉を、神の声として受け入れましょう。そこに安息にあずかる秘訣があります。

◇クイズ
今日はお休み

日々の御言葉 7月15日

日々のみ言葉 7月15日
○今日のタイトル 前からも後ろからも
○通読箇所 詩編139-140編

◇今日の聖句
主よ、あなたはわたしを究め、わたしを知っておられる。…前からも後ろからもわたしを囲み、御手をわたしの上に置いていてくださる。… 陰府に身を横たえようとも、見よ、あなたはそこにいます。…わたしは言う。「闇の中でも主はわたしを見ておられる。夜も光がわたしを照らし出す。」 https://www.bible.com/bible/1819/PSA.139.新共同訳

◇ひとくち解説
「陰府に身を横たえようとも」(139:8)…旧約聖書で陰府שְׁאוֹלとは、神の支配から隔離された希望のない場所です。いくら神であっても、そこにはおられまいと思われた絶望の闇です。その陰府の只中に詩人は神を見出し、驚きの声を上げます。「見よ、あなたはそこにいます」と。主が共におられる限り、絶望の「夜も光がわたしを照らし出す」のです。
キリストは十字架の上で叫ばれました。「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」(マタイ27:48)…全人類の罪をご自分のものとして担われたイエスは、呪われ、御父から見捨てられ、陰府の苦しみを味わわれました。それだけでなく、死から復活され生きておられるからこそ、今日も、その傷ついた両手を広げ、「前からも後ろからもわたしを囲み、御手をわたしの上に置いていてくださ」(5節)います、たとえ私たちが、どこにあっても。
「どこに行けば、あなたの霊から離れることができよう」(7節)、「だれが、キリストの愛からわたしたちを引き離すことができましょう。」(ローマ8:35)

◇クイズ
創世記37章で「あの子のところへ、嘆きながら陰府へ下って行こう」と言ったのは誰? 1.アブラハム 2.ヤコブ 3.ヨセフ

日々の御言葉 7月14日

日々のみ言葉 7月14日
○今日のタイトル エルサレムよ
○通読箇所 詩編137-138編

◇今日の聖句
エルサレムよ、もしも、わたしがあなたを忘れるなら、わたしの右手はなえるがよい。わたしの舌は上顎にはり付くがよい、もしも、あなたを思わぬときがあるなら、もしも、エルサレムを、わたしの最大の喜びとしないなら。 https://www.bible.com/bible/1819/PSA.137.新共同訳

◇ひとくち解説
137編はバビロンに捕囚となったレビ人聖歌隊の哀歌です。彼らは神殿で仕え、主に賛美の歌を献げてきました。神殿が喪失してしまった今、歌うことはできません。彼らの歌は「主の歌 שִׁיר־יְהוָה」であり、礼拝の中で主の現存と結びついてこそ、意味のあるものだったからです。
「エルサレムよ」…そこに満ちていた主の臨在、そこを愛された主の慈しみを思慕し、彼らは泣きます。エルサレムを忘れるということは、主を忘れ、喜びとしないということです。もうしそうなったら、竪琴を奏する巧みな右手も、歌うために訓練された舌も、もはや価値はない、と彼らは心に誓うのです。
ところで、捕囚の時代も、彼らは絶望せず、神殿再建を信じて待ち望み、主の歌を子から孫へと継承したに違いありません。なぜなら、70年後、エルサレムへの帰還が許され、神殿の基礎が据えられて”再び歌えるようになった時”、すぐさま主を賛美できたからです。(エズラ3:10)どのようなときも、主と堅く結びつき、希望をもちたいものです。

◇クイズ
バビロンのケバル川のほとりで、預言活動をした祭司といえば?
1.ゼカリヤ 2.エレミヤ 3.エゼキエル

日々の御言葉 7月13日

日々のみ言葉 7月13日
○今日のタイトル 主の御名を賛美せよ
○通読箇所 詩編135-136編

◇今日の聖句
ハレルヤ。賛美せよ、主の御名を、賛美せよ、主の僕らよ、主の家に、わたしたちの神の家の庭に居並ぶ人々よ。主を賛美せよ、恵み深い主を。喜ばしい御名をほめ歌え。 https://www.bible.com/bible/1819/PSA.135.新共同訳

◇ひとくち解説
135編も136編も主への賛美と感謝の歌です。両編とも、神殿での礼拝で歌われたと考えられます。神殿は「主がその名を置くために選ばれた場所」(申命記12:5など)であり、そこで祭司は御名を唱えて民を祝福し(民数記6:27)、民はいけにえをささげて御名を呼びました(詩編116:17)。
135編3節では「主の御名にほめ歌を歌え、その御名は実に麗しい」(新改訳)と歌われます。「麗しい」と訳された語נָעִיםは、心地のよいさまを表し、特に「歌」を修飾するのによく用いられます。(詩編147:1など)神殿の礼拝には主の御名がいつもこだまし、民の耳に心地よく響いていたに違いありません。
「天において、地において、海とすべての深淵において」…生活の隅々において、御旨のままに行われる主の御名を、今日も唱えましょう。主は約束されます。「わたしの名の唱えられるすべての場所において、わたしはあなたに臨み、あなたを祝福する。」(出20:24)

◇クイズ
136:20に記されているバシャンの王オグの棺はおよそどれぐらいの長さがありましたか?(申命記3章)
1.2m 2.4m 3.9m