????????? Hineni ヒネニ わたしがここにおります

聖書の中には神様の呼びかけに ????????? <Hineni ヒネニ わたしがここにおります>とお答えした人々が登場します。それはどんなときだったのでしょうか。

■ 神が、「アブラハムよ」と呼びかけ、彼が、「はい」 ????????? と答えると、神は命じられた。「あなたの息子、あなたの愛する独り子イサクを…焼き尽くす献げ物としてささげなさい。」 創世記22:1-2

神様がアブラハムをよばれたのは、信仰の試練として息子イサクを捧げよと命じるためでした。アブラハムは無から有を呼び出される神様を信じて、その呼びかけにお応えしました。

■ 神は柴の間から声をかけられ、「モーセよ、モーセよ」と言われた。彼が、「はい」 ????????? と答えると、神が言われた。…「今、行きなさい。わたしはあなたをファラオのもとに遣わす。わが民イスラエルの人々をエジプトから連れ出すのだ。」 出エジプト記3:4,9-10

神様がモーセを呼ばれたのは、世界最強の国エジプトから、奴隷の民であったイスラエルを連れ出すためでした。モーセは「わたしはある」というお方を信じてその呼びかけにお応えしました。

■ 主はサムエルを呼ばれた。サムエルは、「ここにいます」 ????????? と答え(た)。主はサムエルに言われた。「見よ、わたしは、イスラエルに一つのことを行う。それを聞く者は皆、両耳が鳴るだろう。」 ?サムエル3:10-11

神様が少年サムエルをよばれたのは、「堕落した祭司の家への罰」という最悪のメッセージを伝えるためでした。サムエルは共におられる主を信頼してその呼びかけに答えました。

■ そのとき、わたしは主の御声を聞いた。「誰を遣わすべきか。誰が我々に代わって行くだろうか。」わたしは言った。「わたしがここにおります。????????? わたしを遣わしてください。」 イザヤ6:8-9

神様がイザヤを呼ばれたのは、聞いても悟らないかたくなな民に主のメッセージを伝えるためでした。イザヤは聖なる主のうめきに応えて立ち上がりました。
このように、神様の呼びかけにはいつもリスク(危険)がともなっていました。けれども聖徒たちはその十字架を負うことによって、主の期待に応え、世界を変えていったのです。
リスクのない信仰生活はありません。けれども共におられる主に信頼してリスクを承知で一歩踏み出すとき、主がそこに働いて、わたしたちを祝福の源とし、世界を変えるすばらしい御業を行ってくださるのです。
主イエスキリストは、あなたを呼ばれます。「自分の十字架を負って、わたしに従いなさい。」主の呼びかけに ????????? <ヒネニ わたしがここにおります>とお応えしたいものです。
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