日々の御言葉*5月20日

日々の御言葉 5/20
〇今週のテーマ:天国のたとえ
〇今日のタイトル:からし種
〇聖句箇所:マタイ13:31-32
◇聖句*****
イエスは、別のたとえを持ち出して、彼らに言われた。「天の国はからし種に似ている。人がこれを取って畑に蒔けば、どんな種よりも小さいのに、成長するとどの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て枝に巣を作るほどの木になる。」
◇ひとくち解説*****
イスラエルではからしの木は3メートルにもなるそうです。けれどもその種は非常に小さいのです。イエスと弟子たちから始まった「神の国」は大変小さくありましたが、やがて全世界を覆う大木となっていったのです。わたしたちの教会もまた、小さくありますが、やがて大木になるという大きな希望をもって進んで行きましょう。
◇クイズ*****
イエスが、からし種と共に、「大きくなっていくもの」としてたとえに用いられたのは何?
A.火事 B.だちょう C.パン種 D.雲
☆今日からでも遅くない!聖書をひらいて聖書通読。今日の箇所は、サムエル上1-3章です。

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日々の御言葉*5月19日

日々の御言葉 5/19
〇今週のテーマ:天国のたとえ
〇今日のタイトル:「毒麦のたとえ」
〇聖句箇所:マタイ13:24-30
◇聖句*****
イエスは、別のたとえを持ち出して言われた。「天の国は次のようにたとえられる。ある人が良い種を畑に蒔いた。人々が眠っている間に、敵が来て、麦の中に毒麦を蒔いて行った。芽が出て、実ってみると、毒麦も現れた。僕たちが主人のところに来て言った。『だんなさま、畑には良い種をお蒔きになったではありませんか。どこから毒麦が入ったのでしょう。』主人は、『敵の仕業だ』と言った。そこで、僕たちが、『では、行って抜き集めておきましょうか』と言うと、主人は言った。『いや、毒麦を集めるとき、麦まで一緒に抜くかもしれない。刈り入れまで、両方とも育つままにしておきなさい。刈り入れの時、「まず毒麦を集め、焼くために束にし、麦の方は集めて倉に入れなさい」と、刈り取る者に言いつけよう。』」
◇ひとくち解説*****
やがて来るべき「神の国」の前に行われる裁きについてのたとえです。神様はなぜ今すぐ裁きを実施し、悪い者を罰されないのでしょうか?どうして放っておかれるのでしょうか?毒麦が成長するまでは見分けが難しいのと同様に、今はまだ待っておられるのです。けれども、必ず決定的な裁きは下されます。それまで私たち人間には悔い改め、主に立ち帰るチャンスが与えられていると知りましょう。そして、他の悪い人たちの裁きは主に任せて、ひたすら自らを吟味し、聖なる道を歩みましょう。
◇クイズ*****
ヤコブの手紙3章では、わたしたちの体の「ある器官」が他の人を傷つける「毒」をもちやすいと言っています。その器官とは?
A.腕 B.舌 C.足 D.目
☆今日からでも遅くない!聖書をひらいて聖書通読。今日の箇所は、2コリント11-13章です。

日々の御言葉*5月18日

日々の御言葉 5/18
〇今週のテーマ:天国のたとえ
〇今日のタイトル:種をまく人
〇聖句箇所:マタイ13:3-8
◇聖句*****
イエスはたとえを用いて彼らに多くのことを語られた。「種を蒔く人が種蒔きに出て行った。蒔いている間に、ある種は道端に落ち、鳥が来て食べてしまった。ほかの種は、石だらけで土の少ない所に落ち、そこは土が浅いのですぐ芽を出した。しかし、日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。ほかの種は茨の間に落ち、茨が伸びてそれをふさいでしまった。ところが、ほかの種は、良い土地に落ち、実を結んで、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍にもなった。」
◇ひとくち解説*****
今週のテーマは「天国のたとえ」です。「たとえ」と訳されているギリシャ語は「そばに置く」という意味です。イエス様は「神の国」という霊的に異次元の事柄を伝えるために、民衆にも親しみやすい身の回りのできごとを用いて、神の国をより身近なものとして語って行かれました。「たとえ」を読むと、イエス様が、草花を始め自然や、農夫・漁師の営み、日常のささいな出来事に驚くほど優しく、そして鋭いまなざしを向けておられたかを知ることができます。また、「たとえ」は、神の国を求める人にとっては真理をたぐりよせるものであり、また、真理から背を向ける人たちにとっては理解しがたい壁となっていきました。今週一週間、神の国を「そばに置」きながら、御言葉に耳を傾けましょう。
◇クイズ*****
イエス様はたとえを用いても心をかたくなにして悟らない人々がいることは預言の成就だと語られ、旧約聖書の一節を引用されました。それはどの書からの引用でしたか?
A.エレミヤ書 B.申命記 C.イザヤ書 D.マラキ書
☆今日からでも遅くない!聖書をひらいて聖書通読。今日の箇所は、2コリント7-10章です。

日々の御言葉*5月17日

日々の御言葉 5/17
〇今週のテーマ:アモス書
〇今日のタイトル:後の日の回復
〇聖句箇所:アモス9:11-15
◇聖句*****
その日には、わたしはダビデの倒れた仮庵を復興し、その破れを修復し、廃虚を復興して、昔の日のように建て直す。…見よ、その日が来れば、と主は言われる。耕す者は、刈り入れる者に続き、ぶどうを踏む者は、種蒔く者に続く。山々はぶどうの汁を滴らせ、すべての丘は溶けて流れる。わたしは、わが民イスラエルの繁栄を回復する。彼らは荒された町を建て直して住み、ぶどう畑を作って、ぶどう酒を飲み、園を造って、実りを食べる。わたしは彼らをその土地に植え付ける。わたしが与えた地から、再び彼らが引き抜かれることは決してないと、あなたの神なる主は言われる。
◇ひとくち解説*****
この箇所を使徒言行録15章で使徒ヤコブも引用しています。「その後、わたしは戻って来て、倒れたダビデの幕屋を建て直す。…それは、人々のうちの残った者や、わたしの名で呼ばれる異邦人が皆、主を求めるようになるためだ。」しかしこの引用は、本のアモス書と微妙に違うことに気づくでしょう。アモス書ではアッシリアによるイスラエルの滅亡からの政治的な復活のみに焦点があてられていますが、使徒ヤコブは新約の光から、さらにすばらしいメシアによる霊的な復興の預言として引用しているのです。
◇クイズ*****
使徒言行録15章のエルサレム会議の後、パウロとバルナバが派遣された町は?
A.コリント B.アンティオキア C.エフェソ D.ローマ
☆今日からでも遅くない!聖書をひらいて聖書通読。今日の箇所は、2コリント4-6章です。

日々の御言葉*5月16日

日々の御言葉 5/16
〇今週のテーマ:アモス書
〇今日のタイトル:主の言葉を聞くことができない
〇聖句箇所:アモス8:11-12
◇聖句*****
見よ、その日が来ればと主なる神は言われる。わたしは大地に飢えを送る。それはパンに飢えることでもなく、水に渇くことでもなく、主の言葉を聞くことのできぬ飢えと渇きだ。人々は海から海へと巡り、北から東へとよろめき歩いて、主の言葉を探し求めるが、見いだすことはできない。その日には、美しいおとめも力強い若者も、渇きのために気を失う。
◇ひとくち解説*****
食料のない飢饉はもちろん恐ろしいものですが、霊魂の糧である主の御言葉を聞くことができない「心の飢饉」はもっと恐ろしいものです。どんなに祈り求めても、また聖書を開いても、神様の御心を知ることができず、何の答えも与えられない心の飢えと渇きは、霊魂をむしばみ、やがて死に追いやります。そうならないために、「我はいのちのパンなり」と宣言されるイエスキリストの現存を絶え間なく内に持つことができますように。
◇クイズ*****
1865年の今日5月16日に暗殺された米国の大統領で、「聖書は神が人類に与えた最上の贈り物と信じる」と言ったのは誰?
A.リンカーン B.ルーズベルト C.ワシントン D.ケネディ
☆今日からでも遅くない!聖書をひらいて聖書通読。今日の箇所は、2コリント1-3章です。

日々の御言葉*5月15日

日々の御言葉 5/15
〇今週のテーマ:アモス書
〇今日のタイトル:とりなしの祈り
〇聖句箇所:アモス7:1-3
◇聖句*****
主なる神はこのようにわたしに示された。見よ、主は二番草の生え始めるころ、いなごを造られた。それは、王が刈り取った後に生える二番草であった。
いなごが大地の青草を食べ尽くそうとしたので、わたしは言った。「主なる神よ、どうぞ赦してください。ヤコブはどうして立つことができるでしょう、彼は小さいものです。」主はこれを思い直され「このことは起こらない」と言われた。
◇ひとくち解説*****
二番草は庶民の収穫です。その収穫がいなごによって食い尽くされようとしているのを見たアモスは、心を痛めて主に嘆願するのです。「これほどの災難が起こったらイスラエルは滅びてしまいます。どうか赦して下さい」と。主はその祈りを聞かれ、罰である災害を起こされませんでした。わたしたちもイスラエルの痛みを自分のものとして感じ、イスラエルのために祈りたいものです。
◇クイズ*****
この後アモスは再び畑を襲う災難の幻を見せられます。その災害は何によるものですか?
A.いなご B.洪水 C.火 D.日照り
☆今日からでも遅くない!聖書をひらいて聖書通読。今日の箇所は、ルツ記1-4章です。

日々の御言葉*5月14日

日々の御言葉 5/14
〇今週のテーマ:アモス書
〇今日のタイトル:わたしを求めよ
〇聖句箇所:アモス5:4-6
◇聖句*****
まことに、主はイスラエルの家にこう言われる。わたしを求めよ、そして生きよ。しかし、ベテルに助けを求めるな、ギルガルに行くな、ベエル・シェバに赴くな。ギルガルは必ず捕らえ移され、ベテルは無に帰するから。主を求めよ、そして生きよ。さもないと主は火のように、ヨセフの家に襲いかかり、火が燃え盛っても、ベテルのためにその火を消す者はない。
◇ひとくち解説*****
べテル、ギルガル、べエル・シェバ…聖所があった町です。北イスラエルの人々は宗教的には熱心でした。集会を持ち、いけにえを献げ、荘厳な儀式をとり行っていました。自分の捧げる礼拝こそ、神様の喜ばれるものだと考えていたのです。けれども、それらの宗教的な行い・奉仕に主の現臨はなく、形ばかりのものとなっていました。だから全知の主は言われます。「わたしを求めよ!そして生きよ!」と。形ばかりの礼拝、ご利益ばかり求める信仰はむなしいものです。主を愛し、主を求め、主をすべてとする生き方に方向転換しましょう。
◇クイズ*****
1948年の今日5月14日イスラエルは独立宣言しました。(独立記念日はユダヤ暦に従っているために今年は5月5日でしたが…)そのとき独立宣言を読み上げたのは誰?
A.テオドル・ヘルツル B.ダヴィッド・ベングリオン C.イツハク・ラビン D.シモン・ペレス
☆今日からでも遅くない!聖書をひらいて聖書通読。今日の箇所は、1コリント15―16章です。