日々の御言葉 4月1日

日々のみ言葉 4月1日
○今日のタイトル みこころが
○通読箇所 ルカ22:39-53

◇今日の聖句
「父よ、みこころなら、この杯をわたしから取り去ってください。しかし、わたしの願いではなく、みこころがなりますように。」

◇ひとくち解説
聖書のいう謙遜とは、全能者の前に、あるがままの自分を認め、自らの全存在を明け渡すことです。人は、エデンの園で「神のようになって善悪を知る者となる」(創3:5)という高慢の誘惑に負け、その結果罪と死に支配されることになりました。あの園の過ちを償うために、キリストは、この園で、謙遜の道を貫かれます。キリストは「失われた謙遜」を回復するために来られたのです。
聖なる主にとって、全人類の罪の毒が盛られた杯を、自分のものとして受けることは耐え難い苦痛でした。しかし「彼を砕いて病を負わせることは【主】のみこころであった。…【主】のみこころは彼によって成し遂げられる。」(イザヤ53:10)ついにキリストは謙遜によって、このみこころに従われたのです。「このみこころにしたがって、イエス・キリストのからだが、ただ一度だけ献げられたことにより、私たちは聖なるものとされています。」(ヘブル13:21)
誘惑に陥らないように、起きて祈っていなさい。」(46)…暗闇の力に負け、二度と高慢の誘惑に負けることがありませんように。そのためのたった一つの方法は、キリストと一つとなって祈ることです。「わたしの願いではなく、みこころがなりますように」と。

◇クイズ
22:50で大祭司の僕の耳を切り落とした弟子は誰?(ヨハネ18章参照)
1.マルコ 2.ペテロ 3.ヤコブ