日々の御言葉 1月29日

日々のみ言葉 1月29日
○今日のタイトル 隠された宝
○通読箇所 マタイ13章

◇今日の聖句
天の御国は畑に隠された宝のようなものです。その宝を見つけた人は、それをそのまま隠しておきます。そして喜びのあまり、行って、持っている物すべてを売り払い、その畑を買います。

◇ひとくち解説
マタイ福音書には、イエスが語られた主要な説教が5つ収録されています。13章は、5つのうちの中央にあたる三番目の説教で、イエスが宣べ伝えられた「御国の福音」(4:23)の核心と言えるでしょう。イエスは「天の御国の奥義」(11節)をたとえをもって語られます。
たとえの素材になっている種・畑・小麦・パン種・網・魚などはみな、ガリラヤの人々には身近なものでした。彼らの生活のただ中に「隠されている」(35節)、天の御国に目を向けるようにと促されるのです。彼らの目が見ているイエスご自身、彼らの耳が聞いているイエスの御言葉こそ(16節)、「隠された宝」です。イエスのおられるところが、神がおられるところであり、すなわち、天の御国なのです。
その本当の価値がわかったなら、私たちもまた、喜びのあまりすべてを手放してそれを得ようとするでしょう。「私の主であるキリスト・イエスを知っていることのすばらしさのゆえに、私はすべてを損と思っています。」(ピリピ3:8)

◇クイズ
54節の「ご自分の郷里」とは、どこですか?(ルカ4章参照)1.ベツレヘム 2.ナザレ 3.カファルナウム

日々の御言葉 1月28日

日々のみ言葉 1月28日
○今日のタイトル 安息日の主
○通読箇所 マタイ12章

◇今日の聖句
「あなたがたに言いますが、ここに宮よりも大いなるものがあります。『わたしが喜びとするのは真実の愛。いけにえではない』とはどういう意味かを知っていたら、あなたがたは、咎のない者たちを不義に定めはしなかったでしょう。人の子は安息日の主です。」

◇ひとくち解説
11章はイエスにつまづく者と従う者との分岐の始まりでしたが、12章ではさらにその隔たりは大きくなります。
ここでイエスはご自分を、かつての王(ソロモン-42節)、預言者(ヨナ-41節)、祭司(宮-6節)、さらには律法(安息日‐8節)を凌駕する主であると言われます。このお方は、いけにえよりも「真実の愛」を喜び(7節)、「 傷んだ葦を折ることもなく、くすぶる灯芯を消すこともない」(20節)、救い主です。また、ご自分の到来こそが「神の国」(28節)であると、宣言されます。
イエスをどのように信じるのか…著者マタイは読者に分岐点を克明に提示し、真の信仰へと導いてゆきます。

◇クイズ
ダビデが危機の中で「臨在のパン」を食べたとき、それを許し、ダビデを助けた祭司は誰?(サムエル上21章参照)1.アヒメレク 2.ツァドク 3.アビアタル

日々の御言葉 1月27日

日々のみ言葉 1月27日
○今日のタイトル 来なさい
○通読箇所 マタイ11章

◇今日の聖句
「すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。わたしは心が柔和でへりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすれば、たましいに安らぎを得ます。」

◇ひとくち解説
10章でイエスは弟子たちに対する教えを語られました。11~12章では、イエスに疑いを抱き、天の御国のおとずれに耳を傾けなかった人々の姿が描かれていきます。こうして「幼子たち(幼子の純真さをもって従う者)」(25節)と「悔い改めなかった者(向きを変えなかった者)」(20節)とは次第に分かれていくのです。
その分岐点に立って、イエスは招かれます。「わたしのもとに来なさい」(28節)と。イエスが与えようとされる「安息・魂の安らぎ」とは何でしょうか?それは、27節に語られているように、御子キリストによって神を知る喜びです。「御父また御子イエス・キリストとの交わり」(1ヨハネ1:3)の中に入れられることこそ、最上の喜びです。そのためには、イエスのもとに来て、共にくびきを負って歩む必要があるのです。「道であり、真理であり、いのち」であるイエスと共に歩まなければ「だれも父のみもとに行くことはできません。」(ヨハネ14:6)
今日も、私たちは分岐点に立っています。イエスに従う道を選ぶことができますように。

◇クイズ
イエスの御業を見ながら悔い改めなかった3つの町は、ベツサイダとカペナウムとどこ?1.ツロ 2.コラジン 3.ソドム

日々の御言葉 1月26日

日々のみ言葉 1月26日
○今日のタイトル わたしにふさわしい者
○通読箇所 マタイ10章

◇今日の聖句
あなたがたを受け入れる人は、わたしを受け入れるのです。また、わたしを受け入れる人は、わたしを遣わされた方を受け入れるのです。

◇ひとくち解説
10章で、イエスは12弟子を使徒として選ばれます。それは「羊飼いのいない羊の群れのように、弱り果てて倒れていた」(9:36)人々に、憐れみをもって「御国の福音を宣べ伝え」るためです。 この章には、弟子が「わたし(イエス)にふさわしい者」となるための教えが記されています。
弟子は、神秘的にイエスと一体となり、その生涯を継承する者です。弟子を受け入れることは、イエスを受け入れること、イエスを受け入れることは、父なる神を受け入れることです。使徒は、キリストにおいて神と一体となり、「父の御霊」(20節)によって語るのです。
後に、復活されたイエスは弟子たちに命じられます。「行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい」(28:19)と。私たちもまた、イエスの弟子になるように呼ばれています。この地上を、イエスのように生きるために。

◇クイズ
「○○のように賢く、鳩のように素直でありなさい。」(16節)○○に入るのは?
1.猿 2.カラス 3.蛇

日々の御言葉 1月25日

日々のみ言葉 1月25日
○今日のタイトル 深くあわれまれた
○通読箇所 マタイ9章

◇今日の聖句
それからイエスは、すべての町や村を巡って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、あらゆる病気、あらゆるわずらいを癒やされた。また、群衆を見て深くあわれまれた。彼らが羊飼いのいない羊の群れのように、弱り果てて倒れていたからである。

◇ひとくち解説
「山上の垂訓」(5〜7章)で、<み言葉>によってご自分が「御国の権威者」であることを現わされたイエスは、8〜9章においては<しるし>によって目に見えるようにそれを示されます。マタイはここに10の奇跡を収録し、出エジプトの際の10の奇跡と重ね合わせ、イエスこそ「民をその罪からお救いになる」(1:21)主であることを暗示しています。
ここに登場するのは、不浄とされた人々、悲しみと絶望にくれる者、見放された人たちです。イエスは、そのような人々に救いと解放を与えてゆかれました。「闇の中に住んでいた民は大きな光を見る。死の陰の地に住んでいた者たちの上に光が昇る。」(4:16)という預言は実現したのです。
「深くあわれまれた」(9:36)…この特殊な語σπλαγχνίζομαιは<内臓が揺り動かされる>という意味を持ち、深い共感をあらわします。この言葉のうちに、この書の主要テーマ<インマヌエル(神は我々と共におられる)>(1:23)が輝いています。(14:14,15:32,18:27,20:34)

◇クイズ
1節の「自分の町」とはどこですか?
1.カファルナウム 2.ナザレ 3.エルサレム

日々の御言葉 1月22日

日々のみ言葉 1月22日
○今日のタイトル 主の祈り
○通読箇所 マタイ6章

◇今日の聖句
「ですから、あなたがたはこう祈りなさい。『天にいます私たちの父よ。御名が聖なるものとされますように。御国が来ますように。みこころが天で行われるように、地でも行われますように。』」

◇ひとくち解説
「主の祈り」(6:9-13)は山上の垂訓の中心です。この祈りを中心にして説教は美しい対称形を描いています。
5章の最初の「八つの幸い」を通して、イエスは阻害されている人々を祝福へと招かれました。そしてまず「人との関わり」について、律法の真意を浮き彫りにされました。さらに6章では「隠れたところで見ておられる」父なる神との関わりへと導かれます。自分の義を誇ることをやめ、神の国と神の義を求めるようにうながされるのです。
その教えの山頂が「主の祈り」です。神の御心が、地上で、そして私たちの生活のすみずみにおいて実現するように、こうして神の国が到来しますようにとの祈りです。これは、「主が教えられた祈り」というだけではなく、地上生涯を通じて「イエスが祈られた祈り」でもあります。この祈りをささげるとき、わたしたちは神の子であるイエスと一つとされるのです。 だから今日も祈りましょう。「御国が来ますように。みこころが天で行われるように、地でも行われますように。」

◇クイズ
29節では野の花の美しさを、誰の栄華と比べていますか?
1.ダビデ 2.ソロモン 3.南の女王

日々の御言葉 1月21日

日々のみ言葉 1月12日
○今日のタイトル あなたがたは世の光
○通読箇所 マタイ5章

◇今日の聖句
あなたがたは世の光です。…あなたがたの光を人々の前で輝かせなさい。人々があなたがたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようになるためです。

◇ひとくち解説
モーセがエジプトから脱出し、紅海を渡り、荒野の旅を経て、シナイ山で主の律法を受け取ったように、イエスは、エジプトから帰還し、洗礼を受け、荒野での試練を経て、山に登られ、教えられます(5:1)。
「新しいモーセ」として、イエスは「しかし、わたしはあなたがたに言います」と語られました。その姿は、まるで「律法を受け取った者」としてではなく、「律法を授けるお方」のような権威を帯びています。イエスは、旧約の律法をその根本的な精神にまで深め、成就するために来られたのです。
イエスは、わたしたちも「世の光」(14節)となって輝くようにと言われます。それは<闇の中に住んでいた民の大きな光>(4:15)として来られたイエスに従うことによってのみ実現します。インマヌエル(神は我々と共におられる)によって、わたしたちも、天の父の完全さを反映させ、全世界の祝福の源となることができるのです。

◇クイズ
イエスはこの「山上の垂訓」をどのように語られましたか?
1.座って 2.立って 3.巡り歩いて

日々の御言葉 1月20日

日々のみ言葉 1月20日
○今日のタイトル 主を礼拝しなさい
○通読箇所 マタイ4章

◇今日の聖句
悪魔はまた、イエスを非常に高い山に連れて行き、この世のすべての王国とその栄華を見せて、こう言った。「もしひれ伏して私を拝むなら、これをすべてあなたにあげよう。」そこでイエスは言われた。「下がれ、サタン。『あなたの神である主を礼拝しなさい。主にのみ仕えなさい』と書いてある。」

◇ひとくち解説
イエスが荒野で悪魔から受けられた3つの誘惑は、イスラエルの民が荒野で受けた3つの試練を思い起こさせます。出エジプト記16章の「マナの奇跡」、17章の「メリバで主を試みたこと」、32章の「金の子牛を拝んだこと」です。イエスは「ご自分の民をその罪からお救いになる」(1:21)ために、その一つ一つに勝利されました。
最後にサタンはイエスを高い山に連れて行き、自分を礼拝するなら「この世のすべての王国とその栄華」をあたえようと誘惑します。これは、福音書の最後の場面の伏線になっています。すなわち、復活されたイエスは弟子達に山に登るよう指示されます。そこでイエスは「神である主」として礼拝され、「わたしには天においても地においても、すべての権威が与えられています」(28:18)と宣言されました。誘惑に負けることによってではなく、「十字架の死にまで従われ」(フィリピ2:8)た謙遜と従順によって、天にあるもの、地にあるものすべての舌が「イエス・キリストは主です」と告白するようになるのです。こうしてサタンの目論見は完全に破綻したのです。

◇クイズ
悪魔の誘惑に対してイエスが引用された聖句はすべてどの書からのものでしたか? 1.民数記 2.レビ記 3.申命記

日々の御言葉 1月19日

日々のみ言葉 1月19日
○今日のタイトル 天の御国が近づいた
○通読箇所 マタイ3章

◇今日の聖句
私はあなたがたに、悔い改めのバプテスマを水で授けていますが、私の後に来られる方は私よりも力のある方です。私には、その方の履き物を脱がせて差し上げる資格もありません。その方は聖霊と火であなたがたにバプテスマを授けられます。

◇ひとくち解説
マタイによる福音書を読み始めています。マタイは、ユダヤ人読者を意識してこの書を記しました。イエスこそ、旧約聖書が指し示すメシアであり、かつ、いつも共にいてくださる「神の子」である―それがこの書のテーマです。
マタイがイエスの公生涯の始まりを描くにあたって強調しているのは、イエスこそ「ご自分の民をその罪からお救いになる」(1:21)お方だということです。
2章の「エジプトからのイエスの帰還」、3章の「水のバプテスマ」、4章の「荒野での試練」の記事を読んだユダヤ人読者は、恐らく、イスラエルの歴史…エジプト脱出・紅海横断・荒野の旅を連想したことでしょう。
さらに、旧約の預言者の姿を彷彿させる洗礼者ヨハネも、イエスを指し示します。この方が、聖霊のバプテスマによって、約束の地「天の御国」(3:2、4:17)へと導いてくださるのだと。こうして、新しい時代は幕を開けたのです。

◇クイズ
列王記下1:8で「毛衣を着て、腰に革の帯を締めた人」として登場するのは? 1.モーセ 2.エリヤ 3.エリシャ

日々の御言葉 1月15日

日々のみ言葉 1月15日
○今日のタイトル はい、行きます
○通読箇所 創世記24章

◇今日の聖句
彼らはリベカを呼び寄せて、「この人と一緒に行くか」と尋ねた。すると彼女は「はい、行きます」と答えた。

◇ひとくち解説
24章は創世記の中で最長の章です。イサクの妻を探すアブラハムとそのしもべの注意深さを表すように丹念に描かれています。この継承は、単に一家繁栄のためだけではなく、その子孫によって全世界が祝福を受けるという重要な使命を含むからです。
しもべは主人アブラハムの言葉を紹介します。「私は主の前に歩んできた」(24:40)と。その歩みを継承する者を、主は求められたのです。
リベカは「すばやく」(18節)「急いで」「走って行き」(20節)見知らぬ旅人であるしもべに水を用意しました。その姿は、18章で見知らぬ三人の旅人に走り寄り、もてなしたアブラハムの姿と重なります。
12章で「【主】が告げられたとおりに出て行ったיָלַךְ」アブラハムと同じ信仰をもって、リベカは「はい、行きます」(58節)יָלַךְと答えます。こうして、「主の前に歩む道」が次の世代へ受け継がれたのです。
「世の光」となる使命を受けた私たちもまた、命の光である主キリストに従う道を歩むことができますように。信仰の父アブラハムの励ましの言葉が響きます。「私は主の前に歩んできた。その【主】が…あなたの旅を成功させてくださる。」(40節)

◇クイズ
イサクがリベカと対面したのはいつでしたか? 1.明け方 2.真昼 3.夕暮れ