日々の御言葉 8月31日

日々のみ言葉 8月31日
○今日のタイトル 信仰のために戦う
○通読箇所 ユダの手紙

◇今日の聖句
しかし、愛する人たち、あなたがたは最も聖なる信仰をよりどころとして生活しなさい。聖霊の導きの下に祈りなさい。神の愛によって自分を守り、永遠の命へ導いてくださる、わたしたちの主イエス・キリストの憐れみを待ち望みなさい。 https://www.bible.com/bible/1819/JUD.1.新共同訳

◇ひとくち解説
この手紙は、主の兄弟と呼ばれたヤコブの兄弟ユダによって書かれました。教会の中で問題になっていた、「主であるイエス・キリストを否定し」分裂を引き起こそうとする流れから身を守るようにと奨めています。わたしたちはどのようにして「信仰のために戦う」(3節)のでしょうか?以下の三点を心に留めましょう。(20〜21節)
1.聖なる信仰をよりどころとすること。
……聖霊の導きによって祈る。聖霊によって「イエスは主である」との信仰を保つ
2.神の愛によって心を守ること。
……罪を避けつつ、間違っている人を憐れみをもって導く。裁きは神に委ねる。
3.希望をもって待ち望むこと。
……「非のうちどころのない者として」栄光に輝く御前に立つ日を待望する

◇クイズ
14節には、 信仰によって、死を経験しないように、天に移された人物の言葉が記されています。それは誰?
1.バラム 2.エノク 3.エリヤ

日々の御言葉 8月28日

日々のみ言葉 8月28日
○今日のタイトル 御子キリストの内に
○通読箇所 1ヨハネ5章

◇今日の聖句
御子と結ばれている人にはこの命があり、神の子と結ばれていない人にはこの命がありません。…わたしたちは真実な方の内に、その御子イエス・キリストの内にいるのです。この方こそ、真実の神、永遠の命です。https://www.bible.com/bible/1819/1JN.5.新共同訳

◇ひとくち解説
とこしえの神の愛を信じることによって、「イエスがメシア」(1節)「イエスが神の子」(5節)という信仰は不動のものになります。御子キリストに対する信仰はいかなる試練にも打ち勝つ勝利をもたらします(5節)。なぜなら、このお方は「既に世に勝っている」(ヨハネ16:33)からです。
言葉を換えれば、この御子イエスをもっているか否かが、私たちの永遠の運命を決定づけるのです。だからこそ御父と聖霊は共に御子を指し示し、御子に結ばれるよううながしておられるのです。
手紙を結ぶにあたってヨハネは、冒頭で述べた<御父と御子イエス・キリストとの交わり>へと読者を招きます。「わたしたちは真実な方の内に、その御子イエス・キリストの内にいるのです。この方こそ、真実の神、永遠の命です。」(20節)

◇クイズ
ヨハネ福音書14章でイエスが「わたしを見た者は、父を見たのだ。」と言われたのは、誰に対してでしたか?
1.トマス 2.ペトロ 3.フィリポ

日々の御言葉 8月27日

日々のみ言葉 8月27日
○今日のタイトル 神は愛です
○通読箇所 1ヨハネ4章

◇今日の聖句
わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子をお遣わしになりました。ここに愛があります。…わたしたちは、わたしたちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。愛にとどまる人は、神の内にとどまり、神もその人の内にとどまってくださいます。https://www.bible.com/bible/1819/1JN.4.新共同訳

◇ひとくち解説
この手紙が送られた教会では、偽預言者によって信仰が揺らいでいました。惑わされるのは、心に不安や恐れがあるからです。ヨハネは、そのような教会を、揺らぐことのない信仰へと導きます。
それは<神は愛である>ことにもとずく信仰です。たとえ事情境遇がどうあろうとも、どんな過ちの中にあろうとも、誰が何と言おうとも、神はどこをとっても愛であるのだから、神が私を愛しておられることは不変である、十字架の上で示された愛は変わることはない!…それがわたしたちの信仰の基礎であり、私たちを御子によって生きるようにさせる原動力です。
神の愛の滝つぼの中に、常に身を置きましょう。そうするなら、他者への愛を欠くことはないでしょう。キリストがそうであられたように、私たちも神の愛の水路となることができるのです。神は愛なり。

◇クイズ
ルカ10章で、「愛すべき隣人」が誰であるのかを教えようとして語られた「たとえ話」は?
1.放蕩息子 2.善いサマリア人
3.あきらめないやもめ

日々の御言葉 8月26日

日々のみ言葉 8月26日
○今日のタイトル 神の子と呼ばれるほど
○通読箇所 1ヨハネ3章

◇今日の聖句
御父がどれほどわたしたちを愛してくださるか、考えなさい。それは、わたしたちが神の子と呼ばれるほどで、事実また、そのとおりです。…御子が現れるとき、御子に似た者となるということを知っています。なぜなら、そのとき御子をありのままに見るからです。https://www.bible.com/bible/1819/1JN.3.新共同訳

◇ひとくち解説
「御子の内にとどまる」ことが何を意味するのかが、示されます。ここを読むたびに神の愛に圧倒されます。父なる神はわたしたちを「神の子」と呼ぶほどに愛してくださったのです。御子キリストと同じ命に生きることにおいて、わたしたちは神の子となる資格を与えられたのです。
土の塵から造られたに過ぎない被造物を、神の彼岸まで高め、「子」と呼んでくださるとは、神の愛はどこまで深いのでしょうか。罪びとが神の子の身分を与えられるとは、何という破格の恵みでしょうか。
その愛の奇跡は、御子キリストが再臨されるとき完成されます。そのとき、私たちは「御子に似た者」(2節)へと変えられます。キリストは、「わたしたちの卑しい体を、御自分の栄光ある体と同じ形に変えてくださるのです。」(フィリピ3:21)これこそ、御子の内にとどまる私たちが抱き得る、最も崇高な希望です。神は愛なり

◇クイズ
12節では互いを神の子として愛し合うようにと、「○○のようになってはなりません」と勧めています。○○とは誰?
1.カイン 2.コラ 3.エサウ

日々の御言葉 8月25日

日々のみ言葉 8月25日
○今日のタイトル イエスが歩まれたように
○通読箇所 1ヨハネ2章

◇今日の聖句
初めから聞いていたことを、心にとどめなさい。初めから聞いていたことが、あなたがたの内にいつもあるならば、あなたがたも御子の内に、また御父の内にいつもいるでしょう。これこそ、御子がわたしたちに約束された約束、永遠の命です。https://www.bible.com/bible/1819/1JN.2.新共同訳

◇ひとくち解説
前の章で示された「光の中を歩む」ことについて展開していきます。言い換えれば「イエスが歩まれたように自らも歩」む(6節)ということです。さらに言えば、イエスが愛されたように愛するということです。
それは、「御子から注がれた油(=聖霊)」によって「御子の内に、また御父の内にいつもいる」ことで、はじめて可能となるのです。
わたしたちにその聖なる交わりを提供するために、主は「全世界の罪を償ういけにえ」となってくださいました。「闇が去って、既にまことの光が輝いて」います。イエスは今日も招かれます。「わたしにつながっていなさい。…わたしの愛にとどまりなさい。」(ヨハネ15:4,9)

◇クイズ
天地創造で神が最初に創造されたのは光でした。では次にお造りになったのは?
1.地 2.大空 3.太陽

日々の御言葉 8月24日

日々のみ言葉 8月24日
○今日のタイトル わたしたちの交わり
○通読箇所 1ヨハネ1章

◇今日の聖句
初めからあったもの、わたしたちが聞いたもの、目で見たもの、よく見て、手で触れたものを伝えます。すなわち、命の言について。――わたしたちが見、また聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたもわたしたちとの交わりを持つようになるためです。わたしたちの交わりは、御父と御子イエス・キリストとの交わりです。 https://www.bible.com/bible/1819/1JN.1.新共同訳

◇ひとくち解説
この手紙の著者は使徒ヨハネだと考えられています。ヨハネ福音書が「信仰の書」、ヨハネ黙示録が「希望の書」とするなら、ヨハネの手紙は「愛の書」ということができるでしょう。
この手紙は宛名や差出人ではなく、永遠の命そのものであられる「キリスト」を示して始まり、読者を「御父と御子イエス・キリストとの交わり」へと招きます。「交わりκοινωνία」は互いに全てを与え合う一致であり、主と<命>を共有することを意味します。それこそは十字架の前にイエスが弟子たちのために祈られた祈りの主題でもありました。「父よ、あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、すべての人を一つにしてください。」(ヨハネ17:23)
主との一致は何物にも代えがたい喜びを霊魂に与えます。今日、その光の中を歩むことができますように。

◇クイズ
「交わり」はギリシャ語で何という?
1.コイノーニア 2.パラクレートス 3.プレローマ

日々の御言葉 8月21日

日々のみ言葉 8月21日
○今日のタイトル 神の本性にあずからせ
○通読箇所 2ペトロ1章

◇今日の聖句
この栄光と力ある業とによって、わたしたちは尊くすばらしい約束を与えられています。それは、あなたがたがこれらによって、…神の本性にあずからせていただくようになるためです。 https://www.bible.com/bible/1819/2PE.1.新共同訳

◇ひとくち解説
この手紙は、ペトロが自らの殉教死を前にして、教会に希望を与えるために書いたものです。その希望とはわたしたちを「神の本性にあずかる者と」するという「尊く大いなる約束」(4節協会共同訳)です。
かつてペトロは山の上で「キリストの威光を目撃」(16節)しました。(マタイ17章参照)それは神の本性の輝きでした。やがてキリストがその栄光をもって再びおいでになるとき、わたしたちも「御子に似た者となる」(1ヨハネ3:2)のです。
この希望の「預言」を心に留めておきなさいとペトロは勧めます。今はまだ闇夜にあります。この希望は「暗い所に輝くともし火」のように私たちを導くでしょう。しかし夜が明け、キリストが明けの明星のようおいでになるときには、もはやともし火は必要ありません。なぜなら朝日の輝きのようにその栄光を目の当たりにするからです。心の近視眼(9節)にならず、この大いなる約束を、いつも思い起こしたいものです。

◇クイズ
サムエル記下22:29で「主よ、あなたはわたしのともし火」と歌ったのは誰?
1.サムエル 2.ソロモン 3.ダビデ

日々の御言葉 8月20日

日々のみ言葉 8月20日
○今日のタイトル 謙遜を身に着けなさい
○通読箇所 1ペトロ5章

◇今日の聖句
皆互いに謙遜を身に着けなさい。…神の力強い御手の下で自分を低くしなさい。そうすれば、かの時には高めていただけます。思い煩いは、何もかも神にお任せしなさい。神が、あなたがたのことを心にかけていてくださるからです。 https://www.bible.com/bible/1819/1PE.5.新共同訳

◇ひとくち解説
ペトロはこの手紙を結ぶにあたり、悪魔の企みを前に、危険にさらされている教会に対して、最も大切なことを教えます。
それは、すべての者が「謙遜を身に着ける」ことです。ここで「身にまとうἐγκομβόομαι」という語を使ったとき、ペトロの脳裏には、最後の晩餐の前に上着を脱ぎ、奴隷のように手ぬぐいを腰にまとい、弟子たちの足を洗われた主イエスの姿があったことでしょう。(ヨハネ13章)謙遜こそは「その足跡に続くようにと」、キリストが示された模範です。
謙遜な人は、思い煩いを「何もかも神にお任せ」(7節)します。水が低いところへと流れ下るように、主の恵みは注がれ、「完全な者とし、強め、力づけ、揺らぐことがないようにしてくださいます。」(10節)だから、どんな恐ろしい力も、謙遜な霊魂には指一本触れることはできないのです。

◇クイズ
ペトロは、共に手紙を書いた一人の名を挙げています。パウロと共に牢獄で賛美の歌をうたったと考えられているこの人は誰?
1.マルコ 2.シルワノ 3.テモテ

日々の御言葉 8月19日

日々のみ言葉 8月19日
○今日のタイトル キリストの名のために
○通読箇所 1ペトロ4章

◇今日の聖句
むしろ、キリストの苦しみにあずかればあずかるほど喜びなさい。それは、キリストの栄光が現れるときにも、喜びに満ちあふれるためです。あなたがたはキリストの名のために非難されるなら、幸いです。栄光の霊、すなわち神の霊が、あなたがたの上にとどまってくださるからです。https://www.bible.com/bible/1819/1PE.4.新共同訳

◇ひとくち解説
「キリストの苦しみにあずかればあずかるほど喜びなさい。」(4:13)ペトロはそう記しただけでなく、実際にその喜びを体験しました。ペンテコステ直後に迫害を受けたとき、「イエスの名のために辱めを受けるほどの者にされたことを喜」んだのです。(使徒5:41)それは、イエスが予告されたこと(マタイ24:9、ヨハネ15:18‐など)の実現でした。(一度は、苦しみを避け主を否認したペトロだからこそ、イエスのために苦しむことの喜びの大きさを知っていたのかもしれません。)
「キリストの名のために非難される」ということは、キリストの名を帯びることです。キリストと連帯する者、キリストに似た者とみなされることを意味します。師と同じとみなされることは弟子にとって最大の栄誉であり、喜びではないでしょうか。主は、そのような弟子をご自分の勝利の列に加えてくださるでしょう!

◇クイズ
「〇〇は多くの罪を覆うからです」(4:8)〇〇に入るのは?
1.正義 2.愛 3.信心

日々の御言葉 8月18日

日々のみ言葉 8月18日
○今日のタイトル 祝福を受け継ぐために
○通読箇所 1ペトロ3章

◇今日の聖句
終わりに、皆心を一つに、同情し合い、兄弟を愛し、憐れみ深く、謙虚になりなさい。 悪をもって悪に、侮辱をもって侮辱に報いてはなりません。かえって祝福を祈りなさい。祝福を受け継ぐためにあなたがたは召されたのです。 https://www.bible.com/bible/1819/1PE.3.新共同訳

◇ひとくち解説
創世記の終わりでヨセフは、自分を裏切り悪事を働いた兄たちに言いました。「あなたがたはわたしに悪をたくらみましたが、神はそれを善に変え、多くの民の命を救うために、今日のようにしてくださったのです。」(50:20)この言葉は、創世記全体の結びであると同時に、聖書全体の方向を示すものです。人類の悪事に対して、神は愛をもって救いの道を備えられました。 ヨセフの身に起こった最悪のシナリオを通してさえ、神は「全世界の祝福の源となる」というアブラハムの約束を実現されたのです。
呪いのしるしである十字架が、キリストによって祝福の泉となったように、わたしたちもまた、自分に降りかかる悪や侮辱さえも、祝福へと変えられることを信じたいものです。「祝福を受け継ぐためにあなたがたは召されたのです。

◇クイズ
20節を見ると、ノアの箱舟にはノア以外に何人乗っていましたか?
1.8人 2.3人 3.7人