日々の御言葉 6月30日

日々のみ言葉 6月30日
○今日のタイトル 救いの創始者
○通読箇所 ヘブライ2章

◇今日の聖句
イエスは、神の御前において憐れみ深い、忠実な大祭司となって、民の罪を償うために、すべての点で兄弟たちと同じようにならねばならなかったのです。 事実、御自身、試練を受けて苦しまれたからこそ、試練を受けている人たちを助けることがおできになるのです。 https://www.bible.com/bible/1819/HEB.2.新共同訳

◇ひとくち解説
1章で御子の<神性>の高みを示した著者は、2章で、御子がどのようにわたしたちの「救いの創始者」(10節)となられたのか…<メシア性>を記します。
至高の天におられたキリストは、天使たちを遣わすのではなく、自ら「天使たちよりも、…低い者とされ」(7節)人間の姿をおとりになりました。「試練を受けて苦しまれ」(18節)わたしたちの罪を償うために「すべての人のために(十字架で)死んでくださったのです。」(9節)そして「死の苦しみのゆえに、『栄光と栄誉の冠を授け』」(9節)られました。 この<降下と上昇>によって、死と罪の奴隷の状態であった者たちを解放し(15節)、栄光へと導き、完全な者とされた(10節)のです。
この恵みの福音を忘れ、周囲や自分の現状に心を奪われるなら、「押し流されてしまいます。」(1節)かえって、試練の中にあればこそ、救いの創始者であるキリストから目を離さないでいたいものです。

◇クイズ
10節の「創始者」という語は、使徒3:15では、何と訳されていますか?(新共同訳)1.導き手 2.証人 3.完成者

日々の御言葉 6月29日

日々のみ言葉 6月29日
○今日のタイトル 神の栄光の反映
○通読箇所 ヘブライ1章

◇今日の聖句
神は、この御子を万物の相続者と定め、また、御子によって世界を創造されました。御子は、神の栄光の反映であり、神の本質の完全な現れであって、万物を御自分の力ある言葉によって支えておられますが、人々の罪を清められた後、天の高い所におられる大いなる方の右の座にお着きになりました。 https://www.bible.com/bible/1819/HEB.1.新共同訳

◇ひとくち解説
今日からヘブライ人への手紙を読みます。鍵になる句は「イエスから、目を離さないでいなさい」(12:2新改訳)です。この書は御子イエスの御本質に始まり、続いてその祭司職、贖いについて記し、わたしたちの心の目をキリストへと集中させ、このお方を信じるひとすじの道へと導きます。
著者はまず、キリストの存在の源泉を示します。「御子は、神の栄光の反映であり、神の本質の完全な現れ」(3節)…ここで<反映>と訳されている言葉には、押された印形という意味があります(聖書ではここだけに使われています)。まるで、印と印鑑とが一つであるように、御子キリストは神の本質の完全な写しです。ですから、神を見たいと願うなら、キリストを見ることで足りるのです。このお方は、永遠の存在者であり、世界を創造し(2節)、万物を支えておられます(3節)。そして何よりも神は御子によってわたしたちに「語られる」(2節)のです。今日、キリストが語られる声に耳を傾けましょう。

◇クイズ
14節では天使のことを何と呼んでいますか?1.告げる霊 2.奉仕する霊 3.導く霊

日々の御言葉 6月26日

日々のみ言葉 6月26日
○今日のタイトル 楽園にいる
○通読箇所 ルカ23章

◇今日の聖句
そして、「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください」と言った。するとイエスは、「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と言われた。 https://www.bible.com/bible/1819/LUK.23.新共同訳

◇ひとくち解説
失われた羊を集めつつ、エルサレムへの道を歩まれたイエスの御手は、最後に一人の犯罪人に差し伸べられます。「全地は暗く…太陽は光を失っていた」…「暗闇と死の陰に座している」この罪人の心を一筋の光が照らしたのです。(ルカ2:9)
犯罪人はイエスに対して「あなたの御国」と言います。「輝かしい風格も、好ましい容姿もない」(イザヤ53:2)見捨てられたイエスを、御国の支配者と信じたのです。頭上には「ユダヤ人の王」という札が掲げられましたが、こうして彼だけが、心底からイエスを王として認め告白しました。
「思い出してください」という願いは、詩編で繰り返される「御心に留めてください」(74編など)という、神に対する祈りです。イエスを主と信じ懇願するのです。
ただ信仰によって、彼は義と認められました。「あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」…主は彼の信仰に応え、王の王、主の主として、彼にエデンの園の祝福を約束されました。「復活であり命であられる主が共におられる」という祝福を。
ルカ福音書で示されてきた、失われた者に対する神の憐れみは、ここにおいて頂点に達するのです。神は愛なり。

◇クイズ
23:45で裂けた至聖所の垂れ幕には何の刺繍がありましたか?(出エジ36章)1.ざくろ 2.羊 3.ケルビム

日々の御言葉 6月25日

日々のみ言葉 6月25日
○今日のタイトル 誘惑に陥らぬよう
○通読箇所 ルカ22章

◇今日の聖句
「父よ、御心なら、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願いではなく、御心のままに行ってください。」https://www.bible.com/bible/1819/LUK.22.新共同訳

◇ひとくち解説
第4章<荒野の誘惑>の後、「時が来るまでイエスを離れた」悪魔は、この章から最後の攻撃に挑みます。イエスはご受難を通して、その一つ一つに勝利を取っていかれました。
①「神の子なら、この石にパンになるように命じたらどうだ」(4:3)という、「能力」を駆使する誘惑に対して、イエスはパンを裂き「これは、…わたしの体である」(22:19)と、ご自身を我々の霊魂の糧として差し出されました。
②「一切の権力と繁栄とを与えよう」(4:6)という支配欲の誘惑を、「わたしは…給仕する者である。」(22:27)と、謙遜をもって退けられました。
③「神の子なら、ここから飛び降りたらどうだ」(4:9)という「神を試みる」誘惑に勝利するために、「わたしの願いではなく、御心のままに行ってください」と祈られました。
◆こうしてキリストは、誘惑に負けたアダムの罪をことごとく贖われました。イエスはわたしたちをこの「勝利の行進に連ならせ」(2コリ2:14)ようと、今日も招いておられます。「誘惑に陥らないように祈りなさい」(22:40)と。

◇クイズ
今日はお休み

日々の御言葉 6月24日

日々のみ言葉 6月24日
○今日のタイトル 命をかち取りなさい
○通読箇所 ルカ21章

◇今日の聖句
「わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれる。しかし、あなたがたの髪の毛の一本も決してなくならない。…忍耐によって、あなたがたは命をかち取りなさい。」https://www.bible.com/bible/1819/LUK.21.新共同訳

◇ひとくち解説
私たちがイエスの弟子である以上、イエスが歩まれた道よりも楽な道を通ることはありません。しかし、どんな迫害の中でも、イエスは必ず私たちの傍らに立ってくださいます。そして「言葉と知恵」を授け、「髪の毛の一本も決してなくならない」ほどの守護を与え、危機をさえ「証しをする機会」としてくださいます。ペンテコステの直後から、このことは実現しました。そして弟子たちは、「イエスの名のために辱めを受けるほどの者にされたことを喜」(使徒5:41)んだのです。こうして、福音は世の終わりに至るまで「主イエス・キリストの名のために身を献げている人たち」(使徒15:26)によって継承されてゆきます。
忍耐によって、あなたがたは命をかち取りなさい」(19節)十字架と復活によって主が開いて下さった<命を勝ち取る道>を進むことができますように。「あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」(ヨハネ16:33)

◇クイズ
日中神殿の境内で教えられたイエスは、夜はどこで過ごされたと書いてありますか?1.ベタニア 2.「オリーブ畑」という山 3.マルコの家

日々の御言葉 6月23日

日々のみ言葉 6月23日
○今日のタイトル 捨てた石
○通読箇所 ルカ20章

◇今日の聖句
イエスは彼らを見つめて言われた。「それでは、こう書いてあるのは、何の意味か。『家を建てる者の捨てた石、これが隅の親石となった。』 https://www.bible.com/bible/1819/LUK.20.新共同訳

◇ひとくち解説
イエスがエルサレムに入る際、群衆が歌った「主の名によって来られる方、王に、祝福があるように」(19:38)という賛歌と、ここでイエスが引用された『家を建てる者の捨てた石…』(20:17)は、二つとも詩編118編の御言葉です。この詩編は、巡礼者の賛歌です。ちょうど過越祭が近づいていましたから、人々はこの詩編を口ずさんでいたことでしょう。けれども、その意味を本当に理解していた人はありませんでした。
イエスこそは「主の名によって来られる方」です。主の名を帯びて都に入り、主としての権威をもって神殿の境内で教えられました。そのお方がまもなく、不要の石、目障りな石、役に立たない石、醜い石として捨て去られようとしています。主が「捨てられた石」となられたのは、より大きな、栄光に輝く天の神殿の「親石」となるためでした。(「親石」は建物の重量を支えるかけがえのない石です。)
イエスはこのことを民衆を「見つめて」語られました。その眼差しは今も私たち向けられています。そして、ご自分を「捨てられた石」とするのか、「隅の親石…掛けがえのないもの」(1ペトロ2:7)と信じるのか、静かに決断をうながしています。

◇クイズ
この章の「ぶどう園と農夫」のたとえの中で、イエスはご自分を誰に例えておられますか?1.ぶどう園の主人 2.農夫 3.主人の息子

日々の御言葉 6月19日

日々のみ言葉 6月22日
○今日のタイトル 救いがこの家を訪れた
○通読箇所 ルカ19章

◇今日の聖句
イエスは言われた。「今日、救いがこの家を訪れた。この人もアブラハムの子なのだから。人の子は、失われたものを捜して救うために来たのである。」https://www.bible.com/bible/1819/LUK.19.新共同訳

◇ひとくち解説
いよいよエルサレムへの旅は終わりを迎えようとしていました。イエスは最後の経由地としてエリコをお通りになります。エリコは海抜下250mにある世界最低地の町であり、かつて約束の地に入った民の前に、最初に立ちはだかった町としても有名です。
ここで救いを受けた二人の人物――盲人バルテマイと徴税人ザアカイ――は対照的です。一方は物乞いをしていた一文無しであり、一方は不正を働いて巨万の富を得た人でした。一方は、はばかりなくイエスに近づき、自分から呼び求めました。一方は木に登って見ていたところを、イエスから呼ばれました。事情は全く違いましたが、共通していたことは、二人とも「失われたもの」であり、誰よりも主を必要としていたということでした。
イエスはエリコという「谷底」で、この迷える羊を捜し出した後、一気にエルサレムへ(海抜750m)と登ってゆかれます。二人は二週間と立たないうちに、十字架の知らせを受け取ることになるでしょう。そして、自分たちが救われるために、良き羊飼いであるイエスがどんな代償を払ってくださったかを知ることになるのです。

◇クイズ
ヨシュア記7章で、エリコの戦いの後、滅ぼし尽くして捧げるべきものの一部を、ごまかして自分のものにした人は?1.コラ 2.アカン 3.ラハブ

日々の御言葉 6月19日

日々のみ言葉 6月19日
○今日のタイトル 不正な管理人
○通読箇所 ルカ16章

◇今日の聖句
「主人は、この不正な管理人の抜け目のないやり方をほめた。…わたしは言っておくが、不正にまみれた富で友達を作りなさい。そうしておけば、金がなくなったとき、あなたがたは永遠の住まいに迎え入れてもらえる。」 https://www.bible.com/bible/1819/LUK.16.新共同訳

◇ひとくち解説
この「不正な管理人」のたとえは、「永遠の住まい」に入るために、どう振る舞うべきかを教えられたものです。
ここに「不正」という言葉が何度も出てきます。一体<正しさ>とは何でしょうか?15章のはじめで律法学者たちは、イエスが罪人たちと共にいることを、自分たちの基準に照らして「不正」としました。彼らにも一理があります。そもそも至聖の神が、罪に汚染された人類と関わりを持つこと自体が「不正」なのです。さらに主キリストが「あなたがたを友と呼ぶ」(ヨハネ15:15)と言われ、無償で天に「住む所」(同14:2)を用意することなど、正義からは程遠いことでした。しかし、その”不正”がなければ、人類は誰一人救われなかったでしょう。神は<正義>よりも、<憐れみ>によって天国を開くことを優先されたのです。
同様に、もしわたしたちが、自分基準の<正しさ>に固執するなら、永遠の住まいを見失ってしまうでしょう。神の国に思いを馳せ、このかけがえのない「高価な真珠」(マタイ13:46)を得るための「抜け目のない」賢さを求めましょう。

◇クイズ
この章のたとえに登場するラザロは、天国では誰のそばにいましたか?
1.アブラハム 2.モーセ 3.洗礼者ヨハネ

日々の御言葉 6月18日

日々のみ言葉 6月18日
○今日のタイトル 失われたもの
○通読箇所 ルカ15章

◇今日の聖句
「そして、見つけたら、喜んでその羊を担いで、家に帰り、友達や近所の人々を呼び集めて、『見失った羊を見つけたので、一緒に喜んでください』と言うであろう。言っておくが、このように、悔い改める一人の罪人については、悔い改める必要のない九十九人の正しい人についてよりも大きな喜びが天にある。」 https://www.bible.com/bible/1819/LUK.15.新共同訳

◇ひとくち解説
二つの御言葉「わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためである」(5:32)と「人の子は、失われたものを捜して救うために来たのである。」(19:10)とのちょうど真ん中あたりに語られたこの三つのたとえ話は、愛に脈打つキリストの鼓動を聞いているかのような、深い印象を与えます。
「見失った羊」「無くした銀貨」「放蕩息子」…いずれも、失われたものを探し、見つけ出したときの喜びが語られています。よく知られた、分かりやすいたとえ話ですが、この常軌を逸した執着は、理解を超えるものです。
99匹の羊を危険にさらしてでも1匹を探しに行く羊飼い、家事をすべて放棄して銀貨を探し続ける女、放蕩息子を待ち続ける父親…この理不尽ともいえる行動の中に、「一人も滅びないで、永遠の命を得るため」(ヨハネ3:16)に独り子をさえお与えになった、神の狂おしいほどの愛が秘められています。
自分を「悔い改める必要のない者」として読むなら、この章は愚かな言葉に聞こえるでしょう。しかし「失われた者」として読むなら、この章は涙なしで読み終わることができません。神は愛なり

◇クイズ
今日はお休み

日々の御言葉 6月17日

日々のみ言葉 6月17日
○今日のタイトル 弟子の覚悟
○通読箇所 ルカ14章

◇今日の聖句
大勢の群衆が一緒について来たが、イエスは振り向いて言われた。「もし、だれかがわたしのもとに来るとしても、父、母、妻、子供、兄弟、姉妹を、更に自分の命であろうとも、これを憎まないなら、わたしの弟子ではありえない。自分の十字架を背負ってついて来る者でなければ、だれであれ、わたしの弟子ではありえない。 https://www.bible.com/bible/1819/LUK.14.新共同訳

◇ひとくち解説
前の章でイエスは、ご自分が「今日も明日も、その次の日も」(33節)エルサレムへの道を歩むのは、死ぬためだと言われました。大勢の群衆がついてきましたが、そのゴールを悟らず、ただ地上的な栄光を、甘く夢見ているだけでした。浮足立った群衆に対して、イエスは振り向いて「自分の十字架を背負ってついて来る者でなければ、だれであれ、わたしの弟子ではありえない」と告げられます。家族や財産への愛着を上回る愛がなければ、一歩たりともイエスと同じ道を歩むことはできません。
ただ雰囲気や感情に流されるのではなく、従う価値があるのかを冷静に「腰をすえて計算」(28節)せよとイエスは勧められます。主は、全人類の救いに必要な代価を、一銭一厘まで正確に計算されました。その全額<ご自分の命>を支払ってまでも、わたしたちを愛したいと願われたからこそ十字架の道を歩まれたのです。そのイエスに従うことの意味を、もう一度「腰をすえて考えて」(31節)みましょう。

◇クイズ
この章のはじめにイエスが安息日に癒やされた病気は? 1.中風 2.水腫 3.重い皮膚病