日々の御言葉 5月31日

日々のみ言葉 5月31日
○今日のタイトル わたしはある
○通読箇所 ヨハネ8章

◇今日の聖句
イエスは彼らに言われた。「あなたたちは下のものに属しているが、わたしは上のものに属している。あなたたちはこの世に属しているが、わたしはこの世に属していない。だから、あなたたちは自分の罪のうちに死ぬことになると、わたしは言ったのである。『わたしはある』ということを信じないならば、あなたたちは自分の罪のうちに死ぬことになる。」…イエスは言われた。「あなたたちは、人の子を上げたときに初めて、『わたしはある』ということ、また、わたしが、自分勝手には何もせず、ただ、父に教えられたとおりに話していることが分かるだろう。…はっきり言っておく。アブラハムが生まれる前から、『わたしはある。』」 https://www.bible.com/bible/1819/JHN.8.新共同訳

◇ひとくち解説
「主はわたしの光」(詩編27:1)と歌われているように「神は光であり、神には闇が全くない」(1ヨハネ1:5)のです。その光の中に最後まで立ち尽くした罪の女に、主は「罪に定めない」と宣言され、その罪を十字架の上に引き受けられました。一方、世の光であるキリストに背を向け去っていた人々に対しては「自分の罪のうちに死ぬ」(21節)と断言されます。キリストを「わたしはある」(モーセに啓示された神名)と信じる人だけが、命の光を持つことができるのです。わたしたちは自分の努力や、掟の力によって光を得ることはできません。十字架の死に至るまでの従順を経て、高挙されたキリストを「イエス・キリストは主である」と礼拝し(フィリピ2章)、御名を崇めつつある間に、「イエス・キリストの御顔に輝く神の栄光」(コリント4:8)を放つようになるのです。

◇クイズ
「姦通の現場で捕らえられた女」がイエスのもとに連れてこられたのは、イエスがどこで教えておられたときですか?
1.オリーブ山 2.ガリラヤ湖畔 3.神殿の境内

日々の御言葉 5月30日

日々のみ言葉 5月30日
○今日のタイトル 生きた水
○通読箇所 ヨハネ7章

◇今日の聖句
祭りが最も盛大に祝われる終わりの日に、イエスは立ち上がって大声で言われた。「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる。」イエスは、御自分を信じる人々が受けようとしている”霊”について言われたのである。イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、”霊”がまだ降っていなかったからである。https://www.bible.com/bible/1819/JHN.7.新共同訳

◇ひとくち解説
仮庵祭での出来事が記されています。この祭りは、出エジプト後の荒野の旅を記念する祭りです。「主は彼らのために岩から水を流れ出させ」(イザヤ48:21)民を導かれました。かつて主は預言者を通して言われました。「渇きを覚えている者は皆、水のところに来るがよい」(イザヤ55:1)と。イエスの「来て飲みなさい」という招きの言葉には「生ける水の源である主」(エレミヤ17:3)としての権威と慈しみが満ちています。さらにイエスは、ご自分を信じ聖霊を受けた者は、その人もまた生きた水の源となると約束されます。これはペンテコステにおいて実現しました。昇天されたキリストが全能の神の右に座し、弟子たちが「イエス・キリストは主である」(フィリピ2:11)と栄光を帰したとき聖霊は降り、福音は弟子たちを通して地の果てまで流れていったのです。今日も、主は私達を招かれます。「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい」

◇クイズ
7章の最後で、イエスを捕えようとする議員たちをたしなめ、慎重を期すようにうながした人物とは?
1.ガマリエル 2.ニコデモ 3.アリマタヤのヨセフ

日々の御言葉 5月29日

日々のみ言葉 5月29日
○今日のタイトル 命のパン
○通読箇所 ヨハネ6章

◇今日の聖句
イエスは言われた。「はっきり言っておく。モーセが天からのパンをあなたがたに与えたのではなく、わたしの父が天からのまことのパンをお与えになる。神のパンは、天から降って来て、世に命を与えるものである。」そこで、彼らが、「主よ、そのパンをいつもわたしたちにください」と言うと、イエスは言われた。「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない。…はっきり言っておく。信じる者は永遠の命を得ている。わたしは命のパンである。…わたしは、天から降って来た生きたパンである。このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる。… 生きておられる父がわたしをお遣わしになり、またわたしが父によって生きるように、わたしを食べる者もわたしによって生きる。https://www.bible.com/bible/1819/JHN.6.新共同訳

◇ひとくち解説
「五千人の給食」の奇跡もまた、章の後半の対話へと展開されていきます。人々が「地上のパン」に魅了され、熱狂しているのに対しイエスは、本当に神がお与えになりたいのは「天から降ってきた命のパン」であり、それは、ご自分のことであると明らかになさいます。「わたしを食べる者もわたしによって生きる」…ここで使われている「食べる」という語は、「かみ砕き、咀嚼して食べる」と言う強い言葉です。「命のパン」であるキリストを、心の糧として拝食し続けることによって、わたしたちはキリストの命に生きるようになるのです。今日も、「わたしは命のパンである」と言われるキリストを主と信じて礼拝し、心深くに噛みしめ味わいつつ、御名をあがめましょう!

◇クイズ
6章の出来事はいつ起こりましたか?
1.過越祭の前 2.過越祭の間 3.過越祭の後

日々の御言葉 5月28日

日々のみ言葉 5月28日
○今日のタイトル ベトザタの池
○通読箇所 ヨハネ5章

◇今日の聖句
エルサレムには羊の門の傍らに、ヘブライ語で「ベトザタ」と呼ばれる池があり、そこには五つの回廊があった。この回廊には、病気の人、目の見えない人、足の不自由な人、体の麻痺した人などが、大勢横たわっていた。…さて、そこに三十八年も病気で苦しんでいる人がいた。イエスは、その人が横たわっているのを見、また、もう長い間病気であるのを知って、…言われた。「起き上がりなさい。床を担いで歩きなさい。」すると、その人はすぐに良くなって、床を担いで歩きだした。その日は安息日であった。https://www.bible.com/bible/1819/JHN.5.新共同訳

◇ひとくち解説
ヨハネは「しるし」を、奇跡の事実だけ記すのではなく、しばしば、その前後の対話を通してイエスがどなたであるかを、入念に浮き彫りにします。この5章でも、「ベトザタの池」での奇跡に続く対話の中に、イエスの本質が現わされています。この奇跡が安息日に行われたことを責める人々に対して、イエスは言われます。「わたしの父は今もなお働いておられる。だから、わたしも働くのだ。」(17節)「死んだ者が神の子の声を聞く時が来る。今やその時である。その声を聞いた者は生きる。」(25節)これらの言葉は、「神を御自分の父と呼んで、御自身を神と等しい者と」(18節)するものでした。しかも、そのことは、御父の言葉と、洗礼者ヨハネの証、イエスの業、また聖書の言葉によって裏付けられた、揺るぎない真実であると語られます。イエスを神の子と信じるか否か…福音書はそのことを今日もわたしたちに問いかけているのです。

◇クイズ
ベトザタの池は、エルサレムの何という門の傍らにありましたか?
1.獅子の門 2.らくだの門 3.羊の門

日々の御言葉 5月27日

日々のみ言葉 5月27日
○今日のタイトル サマリアの女
○通読箇所 ヨハネ4章

◇今日の聖句
イエスは旅に疲れて、そのまま井戸のそばに座っておられた。…サマリアの女が水をくみに来た。イエスは、「水を飲ませてください」と言われた。…「この水を飲む者はだれでもまた渇く。しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。」女は言った。「主よ、渇くことがないように、…その水をください。」… イエスは言われた。「それは、あなたと話をしているこのわたしである。」…ちょうどそのとき、弟子たちが帰って来て、イエスが女の人と話をしておられるのに驚いた。…イエスは言われた。「…目を上げて畑を見るがよい。色づいて刈り入れを待っている。…こうして、種を蒔く人も刈る人も、共に喜ぶのである。」https://www.bible.com/bible/1819/JHN.1.新共同訳

◇ひとくち解説
サマリアはユダヤ人からは「霊的荒野」とみなされていました。そのサマリアの中でも最も渇いた魂をもつ女に、イエスは語りかけ始められました。語り合う内に、この女性は「永遠の命に至る水」を求めるようになります。対話の頂点としてイエスは「エゴー・エイミ」<わたしはある>との神名を啓示されました。この女性は御名によって<泉>へと変えられました。やがて、ペンテコステの後、弟子たちは、ユダヤからサマリアの全土に向かってキリストを伝えていきます。イエスが蒔かれた種は大きな実りとなり、弟子たちの手によって刈り入れられることになるのです。どんな荒野・砂漠のような世にあっても、御名の種をまきましょう。たとえあなたの手によって刈り入れられなかったとしても、涙をもって蒔かれた種は、必ず実を結ぶのです。

◇クイズ
この後、イエスがお癒やしになった王の役人の息子はどこにいましたか?
1.カナ 2.カファルナウム 3.サマリア

日々の御言葉 5月25日

日々のみ言葉 5月25日
○今日のタイトル 最初のしるし
○通読箇所 ヨハネ2章

◇今日の聖句
イエスが、「水がめに水をいっぱい入れなさい」と言われると、召し使いたちは、かめの縁まで水を満たした。イエスは、「さあ、それをくんで宴会の世話役のところへ持って行きなさい」と言われた。召し使いたちは運んで行った。世話役は…言った。「だれでも初めに良いぶどう酒を出し、酔いがまわったころに劣ったものを出すものですが、あなたは良いぶどう酒を今まで取って置かれました。」イエスは、この最初のしるしをガリラヤのカナで行って、その栄光を現された。それで、弟子たちはイエスを信じた。https://www.bible.com/bible/1819/JHN.1.新共同訳

◇ひとくち解説
一章で「わたしたちはその<父のひとり子としての>栄光を見た」(1:14)と記したヨハネは、読者にもキリストの栄光を見せるために「しるし」と呼ばれる7つの奇跡を記しました。その最初のしるしが、カナの婚礼でのできごとです。最初のしるしの舞台として婚宴を選ばれたのは、意味深長です。やがて、キリストの贖いは、小羊キリストと花嫁(教会)の婚宴において完成されるからです。さて、宴会の最中にぶどう酒を切らすことは、客に対する無礼であり、結婚に不吉な陰を落とすものでした。イエスは召使に水を汲ませました。その水は世話役のところに運ばれるまでに最上のぶどう酒に変わったのです。普通水はぶどうの根から吸収され、実に蓄えられ、実は発酵され、長年をかけてぶどう酒になるのです。主は私たちを一瞬にして変えることがおできになります。わたしたちの長年の努力によってではなく、天来の力によって新しく生まれさせてくださるのです。「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは…わたしの証人となる。」(使徒言行録1:8)

◇クイズ
カナの後イエスはどこに行かれ滞在されましたか?
1.エルサレム 2.カファルナウム 3.ナザレ

日々の御言葉 5月24日

日々のみ言葉 5月24日
○今日のタイトル 信じる人々には
○通読箇所 ヨハネ1章

◇今日の聖句
言は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた。この人々は、血によってではなく、肉の欲によってではなく、人の欲によってでもなく、神によって生まれたのである。言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。…いまだかつて、神を見た者はいない。父のふところにいる独り子である神、この方が神を示されたのである。https://www.bible.com/bible/1819/JHN.1.新共同訳

◇ひとくち解説
今日からヨハネ福音書を学びます。ヨハネは冒頭からイエスを「言」と呼び、その神としての起源を記します。「言<キリスト>」は、命、光、恵み、真理…神ご自身です。このお方をどう受け入れるのか?その問いが一貫して投げかけられています。その鍵語の一つが「信じる」という言葉です。「信じる」はヨハネ福音書では98回も(マタイ11回、マルコ14回、ルカ9回)使用されていることを見ても、いかに重視しているかがわかります。イエスを見、イエスに聞き、イエスを知り、イエスのうちにとどまり、イエスに全存在を明け渡して「信じる」ようになることこそ、この福音書の目的なのです。イエスは振り返り、今日、読者であるわたしたちを見つめて言われます。「何を求めているのか」(1:38)「来なさい。そうすれば分かる」(1:39)

◇クイズ
ナタナエルはイエスと出会う前、何の木の下にいましたか?
1.オリーブ 2.樫 3.いちじく

日々の御言葉 5月23日

日々のみ言葉 5月23日
○今日のタイトル 来て下さい
○通読箇所 黙示録22章

◇今日の聖句
「見よ、わたしはすぐに来る。わたしは、報いを携えて来て、それぞれの行いに応じて報いる。わたしはアルファであり、オメガである。最初の者にして、最後の者。初めであり、終わりである。わたし、イエスは使いを遣わし、諸教会のために以上のことをあなたがたに証しした。わたしは、ダビデのひこばえ、その一族、輝く明けの明星である。」… “霊”と花嫁とが言う。「来てください。」これを聞く者も言うがよい、「来てください」と。渇いている者は来るがよい。命の水が欲しい者は、価なしに飲むがよい。…以上すべてを証しする方が、言われる。「然り、わたしはすぐに来る。」アーメン、主イエスよ、来てください。https://www.bible.com/bible/1819/REV.22.新共同訳

◇ひとくち解説
「わたしは…輝く明けの明星である」暗黒の夜に終わりを告げ、黎明の空に輝く「明けの明星」のように、主キリストはおいでになります。黙示録は、「わたしはすぐに来る」と言われるキリストと、「来て下さい」と祈る教会の、愛の応答唱によって結ばれます。聖書の巻末に響くこの合唱の声は、長い世紀に渡って今日まで、こだまのように響き続けています。やがて、この歌い交わしが、頂点に達し、イエスはおいでになるのです。「アーメン、主イエスよ、来てください。」これは、聖霊の祈りです。聖霊と一つになり、一日千秋の思いで待ち望みましょう!「神の日の来るのを待ち望み、また、それが来るのを早めるようにすべきです。」(2ペトロ3:12)

◇クイズ
22章の最初に都の中央を流れる命の水の川について書かれていますが、同じように都を流れる命の水の川の幻を見せられた旧約の預言者と言えば? 1.エゼキエル 2.ゼカリヤ 3.ホセア

日々の御言葉 5月22日

日々のみ言葉 5月22日
○今日のタイトル 新天新地
○通読箇所 黙示録21章

◇今日の聖句
わたしはまた、新しい天と新しい地を見た。…更にわたしは、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために着飾った花嫁のように用意を整えて、神のもとを離れ、天から下って来るのを見た。そのとき、わたしは玉座から語りかける大きな声を聞いた。「見よ、神の幕屋が人の間にあって、神が人と共に住み、人は神の民となる。神は自ら人と共にいて、その神となり、彼らの目の涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない。最初のものは過ぎ去ったからである。」すると、玉座に座っておられる方が、「見よ、わたしは万物を新しくする」と言い、また、…わたしに言われた。「事は成就した。わたしはアルファであり、オメガである。初めであり、終わりである。渇いている者には、命の水の泉から価なしに飲ませよう。」https://www.bible.com/bible/1819/REV.21.新共同訳

◇ひとくち解説
地上の「千年王国」はまだ不完全な部分が残っていました。縛られてはいましたがサタンが存在し、死も病もありました。しかし最後の審判を経てついに「新天新地」へと移行し、本質的に新しい永遠の神の支配が到来するのです。もはや死もなく、罪の可能性すらありません。これこそはキリストの贖いの究極目的です。主は十字架の上で、終末の彼方にこの新天新地を見、贖いは「成し遂げられた」と満足されたのです。聖霊を受けて救われたということは、この新天新地を約束として受け取ったことを意味します。今は、嘆きや苦労がありますが、いつも、このゴールと、玉座で「事は成就した」と言われるキリストとを見つめつつ歩みたいものです。「わたしたちは、義の宿る新しい天と新しい地とを、神の約束に従って待ち望んでいるのです。」(2ペトロ3:13)

◇クイズ
新しいエルサレムにないものは?
1.門 2.城壁 3.神殿

日々の御言葉 5月21日

日々のみ言葉 5月21日
○今日のタイトル 千年の支配
○通読箇所 黙示録20章

◇今日の聖句
わたしはまた、一人の天使が、底なしの淵の鍵と大きな鎖とを手にして、天から降って来るのを見た。この天使は、悪魔でもサタンでもある、年を経たあの蛇、つまり竜を取り押さえ、千年の間縛っておき、底なしの淵に投げ入れ、鍵をかけ、その上に封印を施して、千年が終わるまで、もうそれ以上、諸国の民を惑わさないようにした。…わたしはまた、イエスの証しと神の言葉のために、首をはねられた者たちの魂を見た。この者たちは、あの獣もその像も拝まず、額や手に獣の刻印を受けなかった。彼らは生き返って、キリストと共に千年の間統治した。 https://www.bible.com/bible/1819/REV.20.新共同訳

◇ひとくち解説
キリストの地上再臨の後、「千年王国時代」と呼ばれる、メシアの世紀を迎えることになります。地上の贖いが完成されるためであり、新天新地という永遠の世界へ入る準備のための千年です。この時代にはサタンが縛られていますので、サタンが誘惑し得たエデンの園よりもさらに祝福と喜びに満ちた世界と言えるでしょう。メシアによる完全な支配によって、預言者たちが見た理想郷は現実となるのです。「狼は小羊と共に宿り、豹は子山羊と共に伏す。…わたしの聖なる山においては、何ものも害を加えず、滅ぼすこともない。水が海を覆っているように、大地は主を知る知識で満たされる。」(イザヤ11:6-)「彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない。」(イザヤ2:4)

◇クイズ
最後の審判(11節以下)のとき、キリストが座しておられる玉座は何色ですか?
1.金 2.白 3.紫