日々の御言葉*1月31日

日々の御言葉 1/31
○今日のタイトル:カナンの女の信仰
○通読箇所:マタイ15章

◇今日の聖句*****
イエスはそこをたち、ティルスとシドンの地方に行かれた。すると、この地に生まれたカナンの女が出て来て、「主よ、ダビデの子よ、わたしを憐れんでください。娘が悪霊にひどく苦しめられています」と叫んだ。しかし、イエスは何もお答えにならなかった。そこで、弟子たちが近寄って来て願った。「この女を追い払ってください。叫びながらついて来ますので。」イエスは、「わたしは、イスラエルの家の失われた羊のところにしか遣わされていない」とお答えになった。しかし、女は来て、イエスの前にひれ伏し、「主よ、どうかお助けください」と言った。イエスが、「子供たちのパンを取って小犬にやってはいけない」とお答えになると、女は言った。「主よ、ごもっともです。しかし、小犬も主人の食卓から落ちるパン屑はいただくのです。」そこで、イエスはお答えになった。「婦人よ、あなたの信仰は立派だ。あなたの願いどおりになるように。」そのとき、娘の病気はいやされた。

◇ひとくち解説*****
娘の回復を願う異邦人の願いに対して、イエスの対応は一見冷淡に見えました。しかしこの女性は不屈の信仰を持ってイエスに近づきます。イエスは、ご自分がイスラエルの救いのために来たことを告げ、願いを拒否されましたが、彼女は、その御心をとらえつつ、しかし、謙遜に「食卓から落ちるパン屑」を求めました。彼女の信仰のゆえに、娘は癒やされたました。私達も、主の御心の核心を捕え、大胆にあきらめずに祈りましょう!

◇クイズ*****
この章の最後で、イエスが少数のパンで大勢の人々を養われた時、残ったパン屑はいくつの籠に一杯になりましたか?
1.12個 2.8個 3.7個 4.3個

<聖書リンク>https://www.bible.com/ja/bible/81/MAT.15.ja1955(口語訳)

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日々の御言葉*1月30日

日々の御言葉 1/29
○今日のタイトル:湖の上を歩く
○通読箇所:マタイ14章

◇今日の聖句*****
イエスはすぐ彼らに話しかけられた。「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない。」すると、ペトロが答えた。「主よ、あなたでしたら、わたしに命令して、水の上を歩いてそちらに行かせてください。」イエスが「来なさい」と言われたので、ペトロは舟から降りて水の上を歩き、イエスの方へ進んだ。しかし、強い風に気がついて怖くなり、沈みかけたので、「主よ、助けてください」と叫んだ。イエスはすぐに手を伸ばして捕まえ、「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」と言われた。そして、二人が舟に乗り込むと、風は静まった。舟の中にいた人たちは、「本当に、あなたは神の子です」と言ってイエスを拝んだ。

◇ひとくち解説*****
湖上を歩いて弟子たちに近づかれたイエスは言われます。「わたしだ」…これは、ギリシャ語では「エゴー・エイミ」ヘブライ語にすると、「アニー・フー」旧約聖書で神が名乗られた「わたしはある」「わたしは主である」という御名です。
ペトロは水の上を歩いてイエスに近づかせてほしいと希望します。安全な船を出て、「イエスが主である」ということに命をかけたのです。しかし、ペトロは主イエスから目を離し、襲いかかる波風に心を奪われ、沈みかけました。わたしたちの信仰生活も、イエスを見つめていなければ、一歩たりとも進むことはできません。もし、周囲の荒波に振り回されて沈みそうになったなら、「主よ、助けてください」と、御名を呼んで祈りましょう。主はすぐに全能の御手をもって私達を捕まえて下さるでしょう。

◇クイズ*****
この章で、洗礼者ヨハネの首を盆に入れてもってくるよう希望したのは誰?
1.ヘロデ 2.サロメ 3.ヘロディア 4.フィリポ

<聖書リンク>https://www.bible.com/ja/bible/81/MAT.14.ja1955(口語訳)

日々の御言葉*1月29日

日々の御言葉 1/29
○今日のタイトル:「種を蒔く人」のたとえ
○通読箇所:マタイ13章

◇今日の聖句*****
「だから、種を蒔く人のたとえを聞きなさい。だれでも御国の言葉を聞いて悟らなければ、悪い者が来て、心の中に蒔かれたものを奪い取る。道端に蒔かれたものとは、こういう人である。石だらけの所に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて、すぐ喜んで受け入れるが、自分には根がないので、しばらくは続いても、御言葉のために艱難や迫害が起こると、すぐにつまずいてしまう人である。茨の中に蒔かれたものとは、御言葉を聞くが、世の思い煩いや富の誘惑が御言葉を覆いふさいで、実らない人である。良い土地に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて悟る人であり、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結ぶのである。」

◇ひとくち解説*****
イエスが語られた「種蒔きのたとえ」の、種は御言葉を、畑はそれを受け取る人の心を意味しています。せっかく御言葉を聞いても(読んでも)、固い先入観、傲慢、世俗的な誘惑でいっぱいの心では、実を結ぶことができません。しかし、「神の変わることのない生きた言葉」(1ペトロ1:23)を、砕かれた謙遜な心で受け取り、その真価を悟った人は、百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結ぶようになるのです。 朝顔の種は朝顔になります。「神の種」(1ヨハネ3:9)は私達を「神の似姿」へと変えていく、素晴らしい力があるのです。

◇クイズ*****
この章の最後で、イエスを「主」として受け入れず、あまり奇跡が行われなかった町は、どこ?
1.コラジン 2.ベツサイダ 3.ナザレ 4.ベツレヘム

<聖書リンク>https://www.bible.com/ja/bible/81/MAT.13.ja1955(口語訳)

日々の御言葉*1月27日

日々の御言葉 1/27
○今日のタイトル:わたしのもとに来なさい
○通読箇所:マタイ11章

◇今日の聖句*****
「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである。」

◇ひとくち解説*****
ここでいう「疲れた者、重荷を負うものは」とはどういう人のことでしょうか?「罪の重荷に苦しみ、人生の重荷を負っている人」ということだけではなく、もう一つの意味があります。それは、神に近づきたいと願いながら、律法的・戒律的な行いに走り、自分は到底清くなれないと絶望し、信仰が萎えて疲れた人という意味です。律法主義にがんじがらめとなり、自分を責め、他人を批判し、負い切れない重荷を負っている人に対して、主は「わたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」と招かれるのです。神が与えられる戒め・道徳というものは、私達を神の似姿に導くために必要なガイドです。それらはときにくびき(畑を耕すときなどに動物の首に付ける農具)のように感じられるでしょう。けれども、イエスと共に負うくびきは、決して束縛のためのものではありません。それは「キリストに学ぶ」ためのくびきであり、私達の人生を実り豊かな畑にするための愛のくびきなのです。収穫という素晴らしいゴールをいつもみつめ、主と共に歩むなら、そのくびきは軽く、安らぎとさえなるでしょう。

◇クイズ*****
今日はお休み

<聖書リンク>https://www.bible.com/ja/bible/81/MAT.11.ja1955(口語訳)

日々の御言葉*1月26日

日々の御言葉 1/26
○今日のタイトル:12人を選ぶ
○通読箇所:マタイ10章

◇今日の聖句*****
イエスは十二人の弟子を呼び寄せ、汚れた霊に対する権能をお授けになった。汚れた霊を追い出し、あらゆる病気や患いをいやすためであった。十二使徒の名は次のとおりである。まずペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレ、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネ、フィリポとバルトロマイ、トマスと徴税人のマタイ、アルファイの子ヤコブとタダイ、熱心党のシモン、それにイエスを裏切ったイスカリオテのユダである。

◇ひとくち解説*****
9章の最後で、群衆を深く憐れまれ、働き手が少ないと嘆かれたイエスは、10章で、ご自分の代理として弟子たちを派遣されます。その際にはご自分のもっておられる「権能」を授けられました。12人は「無学な普通の人」(使徒4:13)であり、決して特別な人々ではありませんでした。けれどもイエスは、やがて聖霊を受けて変えられていく、素晴らしい将来を、すでにご覧になっていました。
今日もイエスの眼差しは弟子である私たち一人一人に注がれています。この世でキリストを証することは決して簡単なことではありません。それは2000年前も今も同じことです。また自分の現状を見るなら、惨めになってしまいます。けれども、「あなたがたをお招きになった方は、真実」です。「あなたがたの霊も魂も体も何一つ欠けたところのないものとして守り、わたしたちの主イエス・キリストの来られるとき、非のうちどころのないものとしてくださいます」(1テサロニケ5:23-24参照)

◇クイズ*****
29節でイエスは弟子たちをどんな動物と比較しておられますか?
1.羊 2.雀 3.鷲 4.鳩

<聖書リンク>https://www.bible.com/ja/bible/81/MAT.10.ja1955(口語訳)

日々の御言葉*1月25日

日々の御言葉 1/25
○今日のタイトル:マタイを弟子にする
○通読箇所:マタイ9章

◇今日の聖句*****
イエスはそこをたち、通りがかりに、マタイという人が収税所に座っているのを見かけて、「わたしに従いなさい」と言われた。彼は立ち上がってイエスに従った。イエスがその家で食事をしておられたときのことである。徴税人や罪人も大勢やって来て、イエスや弟子たちと同席していた。ファリサイ派の人々はこれを見て、弟子たちに、「なぜ、あなたたちの先生は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」と言った。イエスはこれを聞いて言われた。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。『わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない』とはどういう意味か、行って学びなさい。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」

◇ひとくち解説*****
8章に続き、9章もイエスのなされた奇跡が記されています。マタイは、それらの奇跡の間に、イエスが自分を招かれた出来事を挿入しました。当時徴税人は、遊女や盗人、殺人者と共に、神から最も遠い罪人とされ嫌われていました。イエスはこともあろうに、そんなマタイを、弟子として従ってくるように招かれたのでした。マタイは自分の素性を隠そうともせず記します。そして、この出来事こそがイエスが神の権威をもってなされた奇跡中の奇跡であると言わんばかりに、「中風の人の罪の赦し」と「ヤイロの娘の復活」の間に置きました。彼自身こそ、赦され、霊的に復活したその人だったのです。
「わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」主が私達を招いて下さるのは、私達に資格があったからではありません。ただ神の憐れみによるのです。神は愛なり

◇クイズ*****
ルカ5章では、マタイは何という名で呼ばれていますか?
1.シメオン 2.レビ 3.タダイ 4.バルヨナ

<聖書リンク>https://www.bible.com/ja/bible/81/MAT.9.ja1955(口語訳)

日々の御言葉*1月24日

日々の御言葉 1/24
○今日のタイトル:多くの奇跡を行う
○通読箇所:マタイ8章

◇今日の聖句*****
さて、イエスがカファルナウムに入られると、一人の百人隊長が近づいて来て懇願し、「主よ、わたしの僕が中風で家に寝込んで、ひどく苦しんでいます」と言った。そこでイエスは、「わたしが行って、いやしてあげよう」と言われた。すると、百人隊長は答えた。「主よ、わたしはあなたを自分の屋根の下にお迎えできるような者ではありません。ただ、ひと言おっしゃってください。そうすれば、わたしの僕はいやされます。わたしも権威の下にある者ですが、わたしの下には兵隊がおり、一人に『行け』と言えば行きますし、他の一人に『来い』と言えば来ます。…」イエスはこれを聞いて感心し、従っていた人々に言われた。「はっきり言っておく。イスラエルの中でさえ、わたしはこれほどの信仰を見たことがない。…そして、百人隊長に言われた。「帰りなさい。あなたが信じたとおりになるように。」ちょうどそのとき、僕の病気はいやされた。

◇ひとくち解説*****
7章の最後に、山上の垂訓を聞いた人々が、イエスが「権威ある者」としてお教えになったことに驚いたことが記されていました。8章では、その「権威」が、言葉だけのものではなく、力を持つものであることが、数々の奇跡によって証明されます。百人隊長は異邦人でしたが、イエスが神としての「権威」をもっておられることを認め、病気の僕のために「ただ、お言葉を下さい。」とお願いしたのでした。天地万物を一言葉でお造りになったお方なら、お言葉だけで病気を癒やすのは簡単なことだと信じたのです。み言葉を信仰を持って握りしめた瞬間、病気は完全に癒やされたのでした。

◇クイズ*****
イエスがペトロの家で病気を癒やされたのは、ペトロの親族の内誰でしたか?
1.母 2.いとこ 3.しゅうとめ 4.弟

<聖書リンク>https://www.bible.com/ja/bible/81/MAT.8.ja1955(口語訳)