説教メモ:生きることはキリスト

●「わたしは神に対して生きるために、律法に対しては律法によって死んだのです。わたしは、キリストと共に十字架につけられています。生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです。」ガラテヤ2章19~20節

1.回心するまでのパウロrose

  • 律法によって神に生きようと努力
  • 律法が要求するハードルに挑戦>>「むさぼるな」というハードルに直面した時、倒れて失格・落伍
  • 「罪が生き返って、わたしは死にました」
  • 「永遠の命を与えてくれるものと信じ切っていた律法は、わたしを断罪し殺してしまった、」

2.すべての人間の現実=零点・無

  • 人祖アダムの子孫であり、原罪を生来的に宿している人間は、律法によっては決して義とされない
  • (人間は死の宣告を受けた時、命への激しい渇望に泣く)
  • 「わたしは、なんというみじめな人間なのだろう。だれが、この死のからだから、わたしを救ってくれるだろうか。」

    ⇒死点・無において、命への転換に目覚める

3.どのように死人は復活し得るか。⇒死人の中から復活された生けるキリストに出会うこと

  • イエス・キリスト「わたしはよみがえりであり、命である。」(ヨハネ 11・25~26)
  • イエス・キリストは、人類の歴史の中でただひとり、死から復活し今も生きておられるお方、出会うことのできる神であり、救い主

  永遠の生命に生きる=イエスの神性とメシヤ性を信じ、聖霊のバプテスマにおいて、永遠の命を心に持つ。

  • 自己の内なる古き人は十字架につけられ、生けるキリストご自身が生きてくださる。
  • 全くすばらしい、新しい生活が私の内に開始される。
  • キリストの生活、キリストの公生涯の再現・延長となる

●「わたしにとって、生きるとはキリスト」フィリピ1章21節

1.「わたしにとっては、生きることはキリスト」=完全にキリストに変容されている状態。

  • 使徒パウロにおいては、まさにそれは現実であり、彼は「もうひとりのキリスト」だった
  • 使徒パウロの輝かしい使徒職の秘訣は、実にここにあった。

2.人間を御子の生き写しに再創造することこそ、キリストのあがないの目的。

3.人々が神と出会うのは、使徒の内に現存される、生けるキリストに出会うことにおいて。

広告

投稿者:

聖イエス会福音教会

福音教会牧師室より

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中